(悠久など無く、平穏が崩れるのは何時も唐突だ。始めに本丸の異変を察したのは偵察に長けた短刀であったか、然し全員が事態を把握する頃には既に時遅く遡行軍が結界を裂き敷地内に足を踏み入れていた。戦いに身を置いている以上何時かこのような瞬間が訪れるやもしれぬと想見せぬ日は無かったとはいえ、あまりに無情。よりにもよって本丸の主力部隊が出陣や遠征に出掛けている折を狙うなど、まるで日頃より此方の動向を監視されていたようで敵ながらその狡猾さには天晴と言わざるを得ぬであろう。)兄弟! 無事であるかッ!!(立ち塞がる遡行軍を斬り捨てて、中庭で短刀数振りを守りながら戦っている兄弟刀の許へと駆け付ける。本丸に残っている練度の高い刀は己を含めて片手で数えるほどしか居ない。残りは皆練度上限に満たない者が多く、今日ほど修行に名乗りを挙げずに居て良かったなどと思う日はないだろう。「主さんは!」短い問いに、ゆるりと首を振った。)まだ確認出来ていないが、皆が侵攻を食い止めているゆえ恐らくは無事であろう。先刻鳩を飛ばしたゆえ、皆も直に戻って来る。今は彼らが戻るまでなんとしても本丸を守らねばなるまい。祢々切丸と御手杵が正門前で戦っているゆえ、拙僧は加勢に行く。兄弟は皆を連れて主殿の許へ――(振り下ろされた刃を傍らに居た兄弟が弾き返す。「兄弟! 主さんを、」向けられた双眸に籠められた意を察すれば頷くことで応えと為し、其処彼処より響く剣戟の音を裂くように走り出した。辿り着いた執務室前は目視した限り、踏み荒らされた様子は無い。皆が必死に遡行軍の動きを食い止めてくれているからだろう。)……主殿、失礼いたす。(声を掛けた後、否を告げられようとも構わずに障子を開くだろう。我ながらまだまだ未熟だ。平常心とは程遠く、祈るような心地で開いた先の執務室へと赤銅色の瞳を向けた。)
09/17 12:48*9
(いつかはこんな日が来ると思っていたし、いつになってもこんな日は来ないと思っていた。自らの内に甘えがあったのだとこの日娘は痛感した。当たり前になっていた日常が崩れるのは容易い。ひび割れた硝子が崩れるのも、熱に晒された氷が溶けるのも、一瞬だ。ひとつ、またひとつ、繋いだ縁が消えるのも、また一瞬だ。)…… ん、(唇を噛み締め堪えたのは何だったか。気付いてはならぬと娘は娘自身を誤魔化して立ち上がった。冷静にならねば。戦況はどうだろう。窓の向こうを覗くか。否、迂闊に覗く愚か者が在るか。この本丸の情報を政府の情報を、戻る部隊の為に奥の奥にしまわねば。)…… 甘かった……な、(手だけは書類や印の類を纏め、娘自身の素性示すものを処分する。しかし齢十七の頭は感情に流され易かった。聞こえる音は聞き慣れないものばかり、軽やかな足音も笑い声も今は無い。誰もいないのが皆の状況を示していた。そして未だ敵の手が伸びていないのもまた皆の状況を示していた。)――っ!(急いた足音が近付いて来る。咄嗟にお気に入りだった背の高いスタンドライトに手が伸びた。敵ならばこれでなんとかとスタンドを握り締めたところで聞き慣れた声がしてものだから緊張と弛緩が一気に訪れて平素の顔が保てなかったことだろう。何度か呼吸を繰り返して唇が開いたのと障子が開いたのは同時だったか。)――どうぞ。(常のように返す言葉に震えは無い。)……山伏国広、状況は。(手は、未だスタンドライトを握りしめていたが。)
09/17 22:01*19
(剣戟の音が遠く響く。今この瞬間も本丸で仲間が主を守るべく刃を振るっている証左だった。練度も上限となり、戦場を離れて幾許か。久方振りの戦場がまさか此の本丸になろうとは皮肉なものだった。赤銅色が主の姿を捉えれば先ずは怪我が無いことに安堵を覚えたが、その手が握るものに気付けば「大丈夫である!」と何時ものように笑ってみせよう。抜き身の刀を一先ずは鞘へと納め、片膝を付いては報告をするべく徐に口を開いた。)結界が破られ、時間遡行軍が大軍を成して本丸内部に奇襲を仕掛けたのである。現時点で数は不明であるが、恐らくは未だ増えるであろう。拙僧が確認した限りでは祢々切丸と御手杵が正門の守りにつき、堀川国広と北谷菜切、謙信景光、愛染国俊が中庭で応戦中である。他にも皆、各所で遡行軍と戦っているであろう。出陣部隊、遠征部隊には既に危機を報せる鳩を飛ばしたゆえ、直に戻る筈である。(今解ることのみを簡潔に述べてから、再び立ち上がる。未だ剣戟の音は遠いが、何時此処に遡行軍が押し寄せてくるとも解らない。警戒は怠らず、されど眼前に居る主の前で不安を煽るような真似はしたくはなかった。例え気休めであったとしても、自分だけは常のままで在ろうと心に決めていた。)主殿が無事でなによりであった! 今より拙僧が主殿をお守り致す、指示があればなんなりと申されよ。(太陽の如き笑顔は斯様な状況に於いても曇ることはない。先ずは彼女の動向を伺うべく、真っ直ぐとその瞳を見据えた。)
09/18 00:42*24
(赤銅色が何時もの如くに笑う様に指先の力が抜けた。一本、二本と指が離れる。実際に戦場に立つ者を前にすればこれで一体何をするつもりだったのかとなんともばつの悪い心地がして、その手をすいと背の向こうに隠す。小さく咳払いのように喉を鳴らし頷いて見せるのが辛うじての反応であった。そんな恥じらっている時間など無いのもわかっていたが。)……そう。正門は彼らが居ればまだ少しは時間がありますね。でも正門以外から入り込まれているのだとしたら……、いえ、だから正門がまだもっているのか。でもどこも時間の問題……、(並べられた状況に頭の中で本丸の地図とそれぞれの位置を思い浮かべた。既に状況は芳しくない。その上に増えるであろうということ。何もかもを諦めたわけではないが冷静な頭が結論を出した。弱ければ負けるのは当たり前のこと。この本丸が時間逆行軍にしていたのと同じこと。)――……ありがとうございます、報せを飛ばしてくれて。それから、此処に来てくれて。(取り繕った涼しい顔の唇がほんのりと弧を描いた。常の様子のままに目の前にいてくれることの有り難さを初めて知った。)……そうですね。先ずはわかる範囲の状況を政府に伝えて、それから……貴方達の積んだ誉れのこととを 伝えて……、 私の物を処分して……、あとは ――……こんな状況で言うことではないと思うのだけど、何か……お話ししてくれる?(先程までしていた身辺整理の続きをまずはしなければと。それももうあと僅かで今聞いた戦況を政府に向けて飛ばせば終いだろう。その僅かな間へと浮かべた指示といえば他愛ないことだろう。娘は最早逃げるも隠れるも頭には無くて、審神者として出来ることはなんだろうかと考えていた。)楽しかったこと、嬉しかったこと……、そしたら私もこの場所を誇りに思って戦える気がするから。
09/18 14:20*31
(独りでいる間、其の心に降り掛かった不安は如何ほどのものであったろう、強張った繊手が武器としていたものからゆっくりと離れてゆくのを見届けた双眸は実に柔らかなものだった。切羽詰まった状況とはいえ、其の胸裏に渦巻いているであろう不安が少しでも拭えたのなら僥倖。滔々と述べられる事実を受け止め、同意を示すよう小さく頷く。)今本丸に残っている者はみな練度の浅い者ばかり、遡行軍の侵攻を食い止めていられる時間は長くはないであろう。ゆえに主殿。どうか、どうか隠れていただきたい。(敵の狙いは知れている。ゆえにこそ皆が今、そうはさせまいと身命を賭して刀を振るっているのだ。真っ直ぐと彼女を見据え、本丸の皆を代表して述べる言葉は弾き出した最悪の最善策。短刀たちが隠れ鬼をしている折に見つけたという隠し部屋は、屹度今日のような万が一を想定して政府が本丸内に設けたものであろうから。)カッカッカ! 拙僧は主殿の刀ゆえ、当然のことをしたまでである!(気丈に取り繕う殻が僅かに綻んだ瞬間をみとめては、釣られるように呵々と笑うのも束の間、)話しであるか?(意外な指示にきょとんと瞬きこそしたものの、すぐに相好を崩しては「心得たのである!」と一言。腕を組み、想い出を振り返るように双眸を伏せて。)そうさなぁ、……楽しいことも嬉しかったことも数えきれぬほど在るが、矢張り一番の喜びは幼き頃より審神者の務めを果たされて来た主殿の成長を見守れたことであろう。主殿が日々並々ならぬ努力を重ね、我らの為に心を砕かれていたことは本丸の皆が知っていることである。審神者として、一人の人間として、立派に成長された主殿の刀で在れたことを、拙僧は誇りに思うのである。(少女がまだ幼子の頃から見守って来た一振りとしての言葉だった。他にも畑で収穫した野菜の話し、万屋街での一幕、求められれば時間が許す限り幾らでも本丸で過ごした思い出を語っただろう。)
09/18 18:11*35
(管狐の一匹に持たせる政府への伝言を纏めてしまえばおしまい。最後に綴った審神者としての賀茂という名はこれが最後になるかどうか。然程時間はないというのに、悠々と時を過ごしたがるのは本丸でのいつもの時間を続けたがるようで。)――隠れた方が良いの?(述べられた言葉に短く返した。しかしそれに対しての返答を待たずに次の言葉を口にする。その目はジと綺麗に片付いた机の上を見つめた。)……ふふ。そうね。貴方に出会った時、私はまだ幼くて、大きな声の貴方が少し怖かったのよ?知っていた? 私も随分と大きくなって、貴方たちも強くなって、本丸も広くなって、それから……、それから……、――"成長を見守れた"なんて、"立派に成長された"なんて言わないで。まだ貴方は私を見守らないといけないのよ。私はまだ成長するのよ。まだ足りない……、(沢山のお話。時間が許される限りそれを楽しく聞いて、それから懐かしさに言葉を和らげただろう。管狐に全てを託し、その毛並みをひと撫で。管狐一匹ならば戦闘が続いている今、身を隠すことも容易く敵の手を掻い潜れるだろう。そう和やかに話していたのだが。管狐を放って、それから山伏国広へ向き直ると言葉を詰まらせた。その後に吐露したのは娘の本心であった。きゅっと拳を握って。)ううん。わかっているのよ……。わかっているの。貴方の言うように隠れなきゃいけないこと、今私には何も出来ないこと、戦いで大事なことのひとつは相手に勝利を与えないこと、――……私も貴方たちと戦いたかった。(努めて冷静に、涼しい顔で、隠れろと言われた事実を飲み込もうとする。本音と理性の間が行ったり来たりする。握りしめた拳を反対の手のひらで包んだ。触れて初めて気付いたこの震えが本音からか理性からかどこから来るのかわからなかった。)
09/19 16:50*50
(頷くことは簡単だ。されども短く問う音に答えを返さなんだのは、彼女の真意をはかりかねたからである。同意見なのか、或いは他に主張したいことがあるのか。改めて問うのは先にして、幼少の真実を聞けば「なんと!」と驚いたように声をあげ、忽ちに笑みをひろげた。)カカカカカ! つい先日も万屋街で出会った幼子に怖がられてしまったのであるが、主殿もそうであったとは!(指摘を受けたとて呵々大笑は相変わらずの声量を伴った。見た目に解る反省の色は薄いものの、さりとて心を配れぬ刀ではない。ゆえに次に発する音は想いを籠めた分、幾分かまるみを帯びるであろう。)これは相すまなんだ。主殿はまだ年若く、未来在る御仁である。――ゆえに、生きねばならぬ。それは拙僧をはじめ、この本丸の皆が望んでいることである。(此処にこの話を繋げるのは卑怯だろうか。されど兄弟に想いを託された身の上なれば、彼女に伝えねばならぬ言葉であった。何時も本丸を駆け回っている管狐が主の想いを受け取って旅立つのを見届けてから、改めて主である彼女へと向き直る。)主殿は、戦われたいと申すか。(戦いたかったと、彼女は確かにそう言った。安全な場所に身を隠し、どうか主だけでも生き伸びて欲しいという想いはこの本丸の仲間たちの総意であり、己も変わらぬ想いである。されどもだからと言って一方的に気持ちを押し付けるのは彼女の心を殺すのとおんなじだ。神童と謂われ、その評価を裏切らぬよう努力を続けて来た彼女を傍で見守ってきたからこそ、大切にしたい思いがある。ゆえに、)主殿、今一度貴女の御心を問いたい。我らと共に戦うか、安全を優先して隠れるか、主殿の素直な気持ちを聞かせて欲しいのである。(必死に震えを堪える手に気付いたならば、彼女の気持ちに寄り添うように笑ってみせよう。「大丈夫である」先刻唱えたのとおんなじ言葉をもう一度紡ぐ。己は味方であると伝えるように、やわらかく。)
09/19 22:00*56
(やはりその笑い声も大きくて晴れた空みたいに気持ちが良いのだ。少々の壁は簡単に破ってくれそうで心地良い。笑い声を聞くたびにいつも娘は自然と笑みを浮かべた。)身体も大きいのだもの。怖くもなるわ。でもその子もお話ししたらすぐに怖くないってわかったでしょう。私みたいに。(顕現の時に驚いてその後は――。随分と遠い過去だけど印象の変化はよく覚えている。ほんの少しだけ小さな笑い声を落とす。)……謝ってほしいわけじゃないのよ。(ふるりと首を左右に振る。娘は言葉を一度飲み、尋ねられた言葉にキュッと唇を噛んだ。感情だけで動けるほど審神者として若くない。だが理論だけで動けるほど人間として熟してない。)迷っているの、とても。私は……、難を逃れたとて今後使い物になるのか、ならばいっそここまで共に居てくれた皆と、と思ってしまう。でもわかっている。何の為に皆が戦っているのか、私が皆の為になすべきことはなんなのか。(心に巣食う迷いを並べてしまう。怖いのは生き残った後のこと。周りの評価と、そして何より失った刀達ともう一度出会う自信がなかった。)――ちゃんとわかっているのよ。大丈夫。(小さな声でもう一度呟いた。そうだ。まだまだ成長すると言ったのは自分ではないか。娘は「大丈夫である」の声に娘は顔を上げた。怖いなどと言っている場合じゃない。迷っている場合でないのだ。)――隠れるわ。私が生きなきゃ。皆が何を守ったのか誰にもわからなくなってしまう。(心が迷う時は大義を目指して、そうしてきた。それなら立っていられる。)――だから……、山伏国広、私についてきて。貴方に再び弔いを、祈りを、乞うのは悪いのだけど……、そんな貴方だから、貴方に込められた想いがあるから、私はもう一度立てるかもしれない。(手をそうと伸ばした。今、この刀が此処にいるのは運命なのかもしれない。まるで道筋を示してくれているように感じた。)
09/20 12:23*64
うむ! 通りすがった山姥切長義殿の手を借りもしたが、最後には笑顔になってくれたのである。(今、目の前で彼女が笑ってくれているように。まなうらに昔日の憶い出が蘇ればいっそう赤銅色は穏やかに細められた。紆余曲折ありはしたが斯様に綻ぶかんばせが見られるようになって久しく、安穏無事な日々が悠久のものであればよいと夢想もしたが戦場に身を浸す以上は避けられぬものもある。長く歴史を、人間を見て来たがゆえに達観している節があることは否めぬものの、寄せる心は本物だ。その内に巣食う逡巡を黙して聞く間、静かなる双眸を真っ直ぐと主たる少女へと向けていた。沈黙を破ったのは彼女の『大丈夫』を聞いてからのことである。)ならば拙僧はなにも言うまい。(恐怖に竦み、迷いながらも、それでも彼女が歩いてゆくと決めたならば己から告げるべき言葉は最早ない。力強く頷いて、口許に薄らと笑みを引く。)主殿の御心、拙僧がしかと聞き届けたのである。(山伏国広という刀は自らを多く語らない。刀工国広が己に籠めた祈りと想い。弔いと救済。刀身に彫られし武運長久は今代の主に祈りあぐものと定め、そうと伸べられた小さな手を、迦楼羅炎を宿せし腕でやおら掬い上げるように取った。たなごころを重ね、ぬくもりを伝えるように一度ぎゅっと優しく握ったのちにそっと手を離そう。)では参ろうぞ! 何時時間遡行軍が飛び出してくるとも知れぬゆえ、主殿は拙僧の後ろに居られよ。例えなにを見たとて、足を止めてはならぬぞ。(客間の床の間の掛け軸の裏、そこが非常時に於ける隠し部屋になっている。執務室から客間へと向かうには先刻兄弟と別れた中庭を抜け、更に大広間を抜けねばならない。中々に遠い道程ではあるが仲間たちが主の移動経路を守るようにして陣を取っていることも知っていた。今一度彼女を振り返り、朗らかに笑ってから一歩踏み出し静かな回廊を進んで行こう。)
09/20 16:46*66
(過日の話。娘に知らないどこかの話はそれぞれにそれぞれの時間がきちんと流れているのだと教えてくれるようで不思議でそれから嬉しくもあった。その幼子の笑みを再び見ることは出来るのだろうか。万屋街の安寧も、きっと多くの本丸が簡単に落ちないことに、多くの審神者が簡単に折れないことに、守られているのだろう。娘だってその為に努力して来たのだ。流石神童と言われたかったわけじゃない。娘は自分にしか出来ないことで世の為になりたかったのだ。先まで何を迷っていたのか。)駄目ね。貴方達と日々が楽しかったから……、私弱くなってたみたい。(言い訳にしかならない。そうならない為に涼しい顔と成果主義心掛けてきたのに。窮地に立った時に簡単に崩れるのでは意味がない。ふうと小さな息を吐き出して、それから大きく吸った。伸ばした手を取ってくれるぬくもりにそっと目を伏せる。)――参りましょう。(震えはぬくもりを知ると同時に消えた。妙に冷えた心地がしていたのもいつのまにか失せている。笑い声を聞いた時のように清々しくなるのだから不思議だ。山伏国広という刀はいつだってそうなのだ。きっと籠められた想いが広く広くかいなを広げて守ろうとしてくれている。)わかりました。 私は、止まらない。……皆の為にもまだ止まってはいけないの。(執務室を出ればもう引き返せない。次に戻る時、この場所がどうなっているかなど予想もつかなかった。最後にぐるりと此処までの審神者の歩みを共にした部屋を見回した。そうして朗らかな笑みを見上げてこくりと頷いた。止まるわけにはいかない。まだ娘の元へ帰って来ようとしている遠征の者達もいる。その者達を後悔させない為にも。)少し急ぎましょう。(足を踏み出した。回廊はまだ静かで、それだけ皆が守っていてくれるのだとわかった。急がねば。執務室を出た途端、急く気持ちが自然と生まれる。)
09/21 01:56*72
主殿の思う弱さとは、何であるのだろうか。(本丸で仲間や主と過ごす日々を愛おしく思っていたのはなにも彼女だけではあるまい。ふと零れた彼女の心を掬い上げては、解きほぐすように言葉を掛ける。未熟な心を弱さと云うのであれば、少なくとも己は彼女を弱いとは思わない。未だ幼く、審神者として人間として未熟なところはあるやもしれねども、斯様な状況で心を乱さぬ者など居らぬであろう。重ねた手より震えが消えたならば重畳、その口より改めて決意を聞いたならば後は主の心を信じて道を切り拓くのみだ。執務室を出た折、背より受けた声が在らば何時もの呵々とした笑いを響かせて。)カッカッカ! 主殿、急いてはことを仕損じるものであるぞ。斯様な状況でこそ、落ち着いて行動することが大切である。(尤も時間がないのも事実である。今こうしている間にも仲間たちは刀を振るい、傷付いているのだから。しかしだからこそ、すべてを無駄にしない為にもこの刀は慎重に動くのだ。後ろに控えているであろう彼女へと振り返ればそのかんばせをジッと見据え、少しでも緊張や焦りをみとめたなら「深呼吸であるぞ、主殿!」とニカッと笑ってみせるような場面もあったろう。間もなく中庭に差し掛かろうという頃、ふと床板が軋む音を耳で捉えては後ろを歩く彼女へと歩みを止めるよう合図を送ろう。)……主殿、少し待たれよ。(敵か、或いは仲間の何れかか。注視する先は回廊の曲がり角、其処に確かな気配があった。一歩、二歩と距離を詰める。鍔へと指を掛け、何時でも鯉口を切れるよう準備を整えながら、後ろに居るだろう主の様子を確認すべくそちらを一瞥した。)
09/21 21:02*80
(思いも寄らぬ質問であった。娘ははたりと瞬きを落とせば、うん と小さな吐息混じりの音を漏らす。双眸が天井を映した。)私が思う弱さは……、揺らぐことかな。――私がしっかり立って、行き先を見据えねば貴方達が困るでしょう? きちんと大きな利を取れるように動かないと、(小さな、否、大衆が見て利と思わぬものに足を取られていてはならない。迷う時間も後ろを向く時間も、平素ならば多少の停滞は許されようが、今はそうはいかない。もしかするとそんな時間への考え方をも悠久に名の在るもの達には青く映るのかもしれないが。そこは生きる理が異なるのだから仕方のないことであろう。そうもしている内に笑う声に「もう」と小さく呟く。苛立ちだとかそんな感情では無く、緊張感が解れてしまう娘自身への呆れに近い。)――貴方にその役目は任せます。私はこれ以上落ち着けないし、焦るこの気持ちの行き場がわからないもの。(後半は程々に文句だっただろう。けれど急く気持ちが自然と少しばかり落ち着いたのだからなんと単純なことか。促されるがままに大きな背の後ろで深呼吸を時折挟んだ。よく知る道程が随分と遠く長く感じる。そんな鉛のような短くも長い時間の中、不意に齎された言葉は娘の背筋を強ばらせた。喉の奥がざらざらするように感じる。眼差しを持ち上げて、こくと頷くだけで返した。音を発する勇気も無かったのだ。)
09/22 01:49*86
然り。大局を見据えんとする主殿の心構えは立派なものである。さりとて、主殿はいささか物事を難しく考え過ぎである。まこと我らに信を置いておられるのならば、周りを頼ることも大切であるぞ。(ああせねば、こうせねばと事を急いている内は大抵が上手くゆかぬものであるというのがこの刀の考えだ。それも未熟がゆえだと一蹴されればそれで終い、真に伝えたいことはもっと周囲を、彼女の周りに居る刀剣男士たちを頼って欲しいという一点のみだ。如何にも説法を説くような口吻になってしまうのは長く歴史を見て来たがゆえか、差し出がましい真似であることは承知の上で意見を述べる。それもまた、人の身を得たからこそ叶う所業であった。)ならばその焦燥もすべて拙僧にぶつければよい。主殿の傍に居るということは、そういうことである。(焦りも、不安も、文句も、その内に渦巻くもの全て受け止める所存。鋭く視線を向けた先、ふらりと回廊の角より姿を現したものは、)博多ッ!!(血塗れの短刀を目にするなりそちらへと駆け寄り、崩れ落ちる小さな身体を支える。震える唇から零れるかそけき声をしかと聞き届けたならば、腕の中で意識を飛ばした傷だらけの身体を見下ろして。)……そうか。ご苦労であった、あとは拙僧に任せられい。(現状この本丸で最も機動が速い彼が報せに選ばれたのだという。平素であれば直ぐにでも手入れ部屋に放り込まねばならぬ重傷ではあるが、斯様な状況下で悠長に傷を治すことなど出来ぬであろう。負傷した博多藤四郎を小脇に抱える。隠し部屋に着いてからでも遅くはないと判断するが早く後ろを振り向いて、)主殿、正門が突破され申した。主殿が申された通り、少々急がねばならぬようである。(ゆえに「――御免!」と詫びを入れたのち、小脇に抱えんと腕を伸ばすだろう。叶えば博多藤四郎と彼女を抱えて回廊を駆け、叶わぬならば先と同じく彼女の前を先導するように歩くのみ。)
09/22 12:47*88
そう ね……(ならば周りを頼っていれば此度のことは避けられたのだろうか――、そんな、考えても仕方がないことがふつりと浮かぶ。言いたいことは十分理解出来るし、娘自身それがあまり得意でないことも理解出来ていた。ギ、と足元が鳴るものだから思い出したように唇をキュッと結ぶ。)……十分にぶつけてしまっていると思うのだけ、(「思うのだけど」と言いかけた言葉が途切れて、音にならない叫びが漏れる。今までも重傷で帰って来た刀剣男士の姿見て来たからそれなりに慣れているつもりであった。されど今回ばかりは違う。例え重傷であっても同じ隊の者に支えられ、或いは簡単に処置されたのとは全く違う姿だった。)は――、(唇が動くのに、喉がからからで音が出ない。駆け寄って顔のひとつでも見せてやればよいのだろうが今度は足が動かなかった。こんな身で、一体どの口が戦いたいと言うのだ。ほんの少し前の娘自身に呆れが浮かぶ。)……ということは、(正門の彼らは。今娘が置かれた状況よりもそちらに意識が向いたのは博多藤四郎の姿を見てしまった為であった。時間が無いという事実よりもこんな風に倒れている者がいるのだということに胸が痛む。正門の方へ顔が向こうとした時、)――きゃっ、(竦んでいた足が床から離れた。彼の判断は正解だっただろう。そのままにしておけば傷付いた者へ意識が行き、要らぬ問答をしてしまったかもしれないし、そもそも強張った身体は先よりも歩むのに苦労したことであろうから。)ま、待って――(と情けなく抵抗の声を上げるも、逃れたいというわけでなく何か言わずにはいられなかったからという理由である。それでもちらと横を見れば博多藤四郎の姿があるからすぐに言葉を飲み込んだ。)
09/22 21:16*90
(人の身を得て歴史を守る戦いに身を投じて幾許か。審神者により霊気させられたこの身体は傷付けば血を流し、重度の傷を負えば死に至ると心得ている。練度の浅い折は戦場で深手を負うことも多く、仲間たちと仲良く手入れ部屋へと担ぎ込まれたものだった。ゆえに此れは決して珍しい光景ではない。少なくとも日々合戦に身を置いていた刀であれば仲間が傷付く姿は幾度も、幾度も目の当たりにしてきたゆえに、痛む心こそあれ足を止める理由にはならなかった。本当は彼女の心が落ち着くまでは待ちたかったというのが本音ではあるものの、非常事態ゆえに多少の強引さはご容赦願いたいところ。主人たる彼女の命に背くことも然り。)主殿の命とて聞けぬ、暫し辛抱なされい。(無論、彼女の言葉に強い意志があったならば足を止めていたやもしれない。されど咄嗟に零れたような意味を持たぬ『待て』だと判断したがゆえに否を突きつけ、客間まで足を急がせる。源氏兄弟の弟ほどの身軽さはないものの、日々の鍛錬に加え極めて稀に許可を貰える山籠もりの修行の成果か、小脇に二人も抱えている身でありながら駆ける速度は平素よりちぃとも劣らなかったろう。)……周囲に敵の気配はないな。主殿、先刻は失礼いたした。注意を払ったつもりではあるが、お身体は障りないだろうか。(怪我をした博多藤四郎も抱えているゆえになるべく揺らさぬよう心掛けたつもりではいたが、振動を全て抑えることは不可能だった為、その身を案じるような言葉を掛ける。気配はないと言いはしたものの、偵察はあまり得意な方ではない。未だにぐったりとしたままの博多藤四郎を横抱きにしなおして、道を示すように真っ直ぐと掛け軸を見据えよう。)隠し部屋はあの掛け軸の裏にある。五虎退らの話しによるとあまり広くは作られて居ないようであるが、隠れるのに支障はあるまい。
09/22 23:56*91
(娘は自分が甘かったんだと思い知る。満足に手入れ部屋を用意してやることも出来ないどころか自分に出来ることは何ひとつ無かった。日々戦いと隣り合わせというのはこういうことであり、今の世どころか彼らは娘の生まれるずっとずっと前から知っていたのだ。目と鼻の奥がツンと痛んできたが、此処で泣いて何になろう。口の内側の肉を軽く噛んで気を紛らわす。そんな様子であったから小脇に抱えられた瞬間に制止の声を一度上げたのみで後は随分と静かであった筈だ。行き先はわかっているし、自分を放り出すような者でないとも知っていたから娘は大人しくしていた。いや、それしか出来なかった。)……いいえ、気にしないで。私は平気。ありがとうございます。私、あのままだとうまく急げなかったかもしれなかったから。(ちらと正門の方角をもう一度だけ振り返った。何も見えやしないけれど、その方角から敵は此方に向かっているのだろう。その後で眼差しを追うようにして掛け軸へと視線を動かした。)わかった、私は隠れていればよいのね。博多藤四郎は……、(掛け軸の方へ駆け寄るとその中を覗き込む。なるほど確かに広くはないがかくれんぼの類には十分だった。ひやりとした空気と埃の匂いがふわりと広がった。出来ることは何ひとつ無かった――、わけじゃない。ひとつだけあった。生き残ることである。それが傷付いた者達へ出来る唯一のことだ。傷付き意識がない短刀へ目を落とし、そして上げた。)それから貴方は……?(隠れ場所へ辿り着けて一度は安堵した胸が急に駆け足になる。恐る恐るになったのは色々な可能性を頭の中で描いたからであった。良い可能性を描くも悪い可能性を描くのも胸を締め付けるばかりだ。そろりと手が上がって己が胸の前で拳を作る。返る答えに構えるように。)
09/23 08:20*96
(その口より大事ない旨を聞けば安堵したように息を吐く。正門の方角へと眼差しを向ける主の姿を見遣ればその胸中に渦巻く感情も容易に想像が付くものであるが、敢えて言葉にするような真似はしない。「斯様な事態ゆえ無理もあるまい」との言葉は彼女の行動に対してのフォローである。掛け軸の傍へと駆け寄る主に続くように歩みを進め、身を屈めて中の構造を確認したのちに博多藤四郎の身体を壁に預けるようにして隠れ部屋の中へと置くだろう。その行動こそが博多藤四郎の処遇を問う音への返答のようなものだった。)博多藤四郎は既に役目を終えたゆえ、主殿には博多の容態を見ていただきたく。処置を施す上で足りぬものがあるのであれば、拙僧が取りに参ろう。(彼女と短刀一振りくらいであれば十分納まれる空間だ。手入れを施すには些か窮屈かもしれないが、応急処置程度であれば出来るであろうかと窺うように彼女へと向き直り、己の行動を問われたならばいつものように笑って見せた。)カッカッカ! 知れたこと! 主殿がお隠れになられたのちは、時間遡行軍が此処へと近寄らぬよう足止めに出る所存である。拙僧が隠れるには、その隠し部屋は狭すぎるのでなぁ!(きっと隠れ部屋を見た瞬間、彼女も理解したであろう。この隠れ部屋にこの太刀が隠れられるほどの広さはないということを。元よりその心算であったなどと明かせば彼女は怒るのであろうか。否、聡い主ゆえに想定くらいはしていたやもしれぬ。有事の際に使用されるからこその隠し部屋だ。簡単に敵に見つかるものではないとはいえ、極力敵が此処へ近寄らないことが一番の理想だろう。第一部隊には彼女が最も信を置いているであろう初期刀も居る。他の部隊の者も皆この隠し部屋の存在は知っているゆえに、ことが納まれば必ず救いの手は現れるであろうから。)
09/23 15:33*99
(隠れ部屋の中にそっと置かれ、浅く呼吸を繰り返す博多藤四郎の姿を覗き込むと頷いた。彼の処遇に、それから娘へと託されたことに、両方に対して娘は頷いた。)――わかったわ。(部屋の広さ、それからこの言葉の意味、予想通りと言えば予想通りであった。託されたことそのものについての返事でもあったが、これからのことを娘自らに納得させる為でもあった。)今は私には簡単な止血をすることぐらいしかできないから私の服できっと事足りるわ。大丈夫。(足りぬものが思い当たらないというのが本音であった。そしてもし何か思いついたとて、それを取る為に危険な場所に赴かせるのも、また不用意にこの部屋出入りするのも避けたかった。もう一度隠し部屋の中を覗く。博多藤四郎にはじわと赤い色が滲んではいるがその勢いが強い様子でもない。一刻を争う事態では無い筈だ。それは素人の娘より共に戦って来た刀剣男士の先程の判断の方が正しいに違いない。もう一度覗いた隠し部屋はやはり広くなかった。足りないものがあるとすれば――。そうして隠し部屋から顔を戻して見上げた先、大きな声で返されるのも笑い声もいつも通りで何ひとつ変わりが無い。それが無性に悲しくて辛くて、それから不安だった。此処まで彼がいるから大丈夫と思ってやってきたのだ、不安になるぐらいは許されたい。けれど此処で簡単にそれを吐露するのは娘の矜持が許さなかった。そっと一度目を伏せる。息を吐いて、スゥと吸って。)――……最後に少しだけ勇気を分けて、(手をそうと伸ばした。先程は共に逃げる為に伸ばした手を、今度は別れる為に。)
09/23 20:47*105
(主より了承の言葉を聞けば、言葉を発する代わりに笑顔で応えよう。博多藤四郎は彼女が傍に居る限りは安心だ。正門が突破されたと言えども本丸内では今も尚仲間たちが時間遡行軍と刃を交えている、加勢に行くのであれば早いことに越した事は無いだろう。主を隠し部屋まで案内し隠すという任を終えたのちは、遠征部隊が戻るまで如何に本丸を守れるかが己が為すべき仕事となろう。此方を呼ぶ声に気付いたならば己よりもずぅと小さな主と目線を合わせるように片膝を付いて、そろりと伸びる手を先刻してみせたように掬い上げる。赤銅色の双眸が彼女の瞳を捉えたなら、今は見えぬ太陽のように笑ってみせよう。)主殿、大丈夫である!(大丈夫だと彼女に告げるのはこれで三度目になろうか。不安もあろう、恐怖もあろう、心細さもあろう。さりとてそれもすべて笑いで吹き飛ばしてしまわんと、祈りが籠められし刀剣は何時なん時も呵々と笑うのだった。)不安な時ほど笑うとよい。さすれば邪気など忽ちに吹き飛ぶであろう! なあに、心配せずとも拙僧の筋肉は今日も絶好調である! それとも主殿は拙僧の筋肉を信じておらなんだか?(ゆえ戦に赴くことに問題なし。心が沈んでしまわぬように強引に話題を筋肉へとずらしては、いつもの暑苦しさを主へとぶつけよう。その幼き身体が前に踏み出す勇気を与えられたならば重畳。今度は此方から手を離さず、彼女が自らの意思でこの手を離れるまで見守る姿勢でいる。恐らくその手が離れる頃には、小さな手を握っていた刀の手は今度は刀を握っているだろう。)
09/24 00:24*109
(その太陽みたいな笑顔と大きな声が眩しかった。今まで何度彼に救われて来たのだろう。それから此度もまた救われるのだろう。大丈夫。一体何が大丈夫だと言うのか。頭では可愛くない娘がそんな風に文句を浮かべた。今この瞬間に触れている温もり、文句を言う娘の望みは――、)……貴方ったら、いつもそう。……ええ、大丈夫。(その笑顔も声も、いつものように振る舞う筋肉の話題も、どれもこれも眩しくて優しい。娘が浮かべた笑みは不安無くした晴れた微笑みではなくて、少し困ったような眉の下がった弱い笑みだった。しかし大丈夫を告げると弱い笑みは瞬きひとつを挟んで消えた。いつもよりずっと近くにあるその顔をもう一度眺めた。空いている方の手をそうと伸ばして、触れる事はなく輪郭の外側をなぞるように頭頂部から肩の辺りにかけて彼の纏う空気だけを撫ぜた。)御武運を。 ……――山伏国広、貴方を誇りに思います。(唇は再びキュッと結ばれ、その手のひらはすぅと肩の辺りまで滑れば元に戻される。娘は祈りを強くはっきりと声にした。ここまで「ありがとう」も、ここまで「ごめんなさい」も全て飲み込んで、審神者として主として彼を賛辞と共に送り出す祈りの言葉。今生の別れだと決まったわけでは無いが、再びまみえる可能性を信じられるほど楽観的ではない。せめて何の不安も彼に残さぬよう、佳き主になれるよう、娘は胸の奥とまなこの奥で滲む想いに蓋をする。そして、名残惜しい手をそっと手離した。)此方のことは私に任せて。(博多藤四郎のことも、後のことも、全て上手くやると必ず生き残ると言葉に含ませて、彼に背を向けた。そのまま振り返らずに隠し部屋に入るとしよう。振り返ればきっと名残惜しくなってしまうから、時間が無いことを理由に急ぎ足で隠れてしまいたい。きっと娘の背の向こうで上手い具合に隠れられたか見届けてくれる筈だから、もう出て来てはいけないのだ。)
09/24 21:39*121
主殿のような方に仕えることが出来たことを、拙僧も誇りに思うのである。(我ながら佳き主を得たものだと捧げられた祈りを聞いて思う。朱を引いた目許を引き、そっと瞼を下ろす。清浄なる主の気が、直接この身に注がれているような穏やかな心地であった。)主殿の祈り、しかと受け取った! あとは拙僧に任せられい!(離れていく手を、背中を見送ってから直ぐ客間をあとにして、本丸に残存する敵を打ち払うべく太刀を振るった。腕に太刀傷を受けようとも、横腹を抉られようとも怯むことなく。この日の為に鍛えているのだと太刀を振るい、空いた胴へと拳を叩き込み、力強く踏み込んでは切り返して一閃する。残る敵はあとどれ程か。まだまだ倒れてなるものかと己が太刀を支えに踏ん張れども次第に意識が薄れていく最中、遠く聴こえた声は覚えのあるものであった。霞む視界に橙の鉢巻きがはためく。「兄弟!」ああ、そうか。)…………間に合ったので、あるな……(彼が現れたということは修行を終え、練度の極まった仲間たちが遠征より帰還したということ。「主は無事で居るのか」固唾を呑む問いには言葉を発せぬ代わりに微かに笑って応えてみせ、無事を伝えることとしよう。折れる寸前までの重傷を負いはしたが、帰還した部隊の活躍により刀剣破壊は避けられた。こののち意識を失った山伏国広が目を覚ましたのは本丸が奇襲を受けてから数日経過した後のこと。その際主を見ての第一声は「主殿、よい朝であるな!」であったという。――歴史修正主義者との戦の最中にあれども、この本丸に流れる時間は穏やかだ。心身ともに傷は深く、今直ぐに元通りとはゆかぬものの、ゆえにこそ心に決めたことがある。此度の本丸襲撃を受け政府より支援の一環として修行道具一式が贈られた旨を仲間内より聞いたなら真っ先に主の許へと駆け出して、勢いよく執務室の戸を開け放つだろう。)――主殿! 今日こそ山籠もりの許可を願いたいッ!
09/25 15:23*129
(時計が刻んだ時間としてはそう長くはなかっただろう。それでも待つことしか出来ない時間は長く長く感じた。隠し部屋に入ってから出来ることといえば限られており、外の音に耳を澄ますことと博多藤四郎の呼吸音を確かめることだけであった。衣擦れの音ひとつ落とすのが怖くてちいさくちいさくなって座っていた。それからたくさんの外の音が聞こえた。次に外が静かになっていくつかの大きな足音が真っ直ぐに近付いていた時、それらが娘を呼ぶ前に助かったのだ気付いた。幼い時におねえさんみたいだからという理由で選んだ初期刀の姿を見て、わんわん泣きたくなるのを堪えられたのは娘自身の無事より他の者の無事が心配であったからだ。博多藤四郎を託せば、喪った者と被害状況の把握に努めた。もう二度と逢えぬだろうと覚悟した、お別れが出来ただけマシなのだろうと娘自身に言い聞かせた、その姿を覗き見ることが叶ったのは陽が落ちてからであった。貯めに貯めていた手伝い札を惜しみなく此度は使ったから傷付いた皆が早々に柔らかな布団で寝ることが叶っただろう。静かな夜を幾つか越え、その先によい朝を迎えた時には太陽より眩しい笑顔と声に朗らかに微笑んで「おはようございます」を返すのだ。何も変わらぬ日常。否、喪った者が支えてくれた日常。日々は以前と同じように過ぎて行く。娘は審神者として今日も生きているし、刀剣男士達も今日も人の身で時を過ごす。清浄な弔いと祈りの時が娘の日課に加えられ、刀剣部屋に空きが生まれた本丸はすぐに日常を取り戻す。)――一等の誉を得た者には褒美が要りますね。(政府からの伝達と物資を前にしてその日の近侍とそんな会話をした直後、勢いよく戸が開く。一等の誉を得た者は今日も眩しい。そして、彼を見る娘の笑みは今日も朗らかであった。)
09/25 23:07*135