(何故、どうして、何が原因だったのか――己が刀身を振るいながら山姥切長義は奥歯を噛み締めていた。既に敵は本丸の内部にまで入り込んでおり、庭はおろか、敷地内の全てが戦場と化している。廊下の板張りも、居間の畳も、張り替え間際だった障子も、その全てが激しい剣戟により損傷し、敵味方の判別が付かない血で濡れていた。)――ぶった斬る!(鋭い一太刀は的確に敵の胴体を切り裂き、黒霧の如く消滅していく。そのまま一息を吐く暇が惜しいとばかりに踵を返し、背後で膝を突く五月雨江へと駆け寄った。その手酷い損傷に思わず眉間に皺を寄せ、またひとつ悪態を零す。)くそっ、出陣部隊と遠征部隊への連絡はまだ付かないのか……!(忌々し気に発された一言は、痛い程に鞘を握り締めながら。――この襲撃に対し防戦一方の劣勢に立たされているのは、主戦力が出払っていることが原因でもある。高難度な任務、長い遠征、そして本丸の襲撃。あまりに周到過ぎるタイミングだ。脳裏に過るのはこの場にいないひと振りPP連絡の付かない部隊を率いているであろう己が写しの姿だった。周囲の剣戟の音に交じり硬い声が耳に届く。「長義……貴方はどうか、頭の元へ」見上げる薄紫の双眸が此方を急かしていた。)……わかった、俺に任せろ。(鞘を握り直すとほぼ同時、駆け出すまでにそう時間は掛からなかった。勿論、他にも気掛かりはある。潜り抜ける本丸内の彼方此方で今尚戦闘が行われている。そして本丸に残っている刀剣男士の中には満足な練度に達していないものもいるのだ。だが、だがそれよりも。何よりも優先すべきものがあった。辿り着いた先は本丸の奥、所謂執務室。いるとすれば、逃げ込んでいるとすれば此処だと確信をもって言うことが出来る。この先には主たる彼の姿のみか、はたまた敵が既に入り込んでいのるか――険しい表情のまま、祈るような気持ちで襖は開かれた。)――主!!
09/17 11:21*7
(それはあっという間の出来事だった。すべての部隊が出陣や遠征に出払っている以外特別変わりのない平和な日常、それが一瞬で血みどろの戦場に変り果てたのだ。審神者の血筋として育てられてきたのだから最悪の状況の想定だってきちんと学んだはずなのにいざ目の前にそれが表れるとろくすっぽ頭は働かない、腕を引っ張る小柄な天狗は自分を執務室へ隠して「ぼくたちのだれかがいいよというまで、ぜったいにでてきてはいけませんよ」とすぐに消えてしまった。平凡な日常生活を謳歌してきた高校生にはあまりにも非日常的な剣戟の音や叫び声に思わずその場にしゃがみ込む。本来であれば刀剣男士たちを治める主として毅然とした態度を取らねばならないというのに、と恐怖に染まる脳裏に浮かぶのは本家筋の幼馴染の姿だった。きっとあいつなら今頃上手くやって刀剣男士たちを危険に晒したりなどしないのだろうと日頃気にすることのなかった考えが過る。そんな執務室の隅頭を抱えるようにして身を縮めた高校生の耳に襖が滑る音がした、)ちょ、うぎ、(鮮烈な青、眩い白銀。遡行軍が纏う禍々しい黒と赤とは正反対のその色を両の瞳に捉えて、思わず腰を上げた。日常の崩壊とともにすぐ執務室へ籠城することになったのだ、伝わって来るのは乱暴な音とひとつ、またひとつと消えていく刀剣男士の気配ばかりで外の状態なんて殆ど分からない。それでも彼の姿と表情を見れば今自分がどんな状況に立たされているのか、この本丸がどうなっているのか、想像に難くなく泣きたくなる気持ちを爪が食い込む程拳を握り締める事で抑え。)――……外の状況は?転送門が動けば政府に助けを要請出来ねぇかな、いや、動かねぇからこうなってんのか、(精一杯いつもと同じ言葉を、口調を、軽い調子を。それでも震えは声だけでなく全身に広がってしまっている。本丸が落ちそうな時、審神者が取るべき手段はひとつだと、そう習っていたから。)
09/21 22:41*83
(襖を引く直前のことだ。足元できらりと煌めく刃の欠片に自ずと視線が奪われる。あまりにも見慣れたそれは天狗の如き短刀――であったものだ。此処で己が主を守り通したのだという雄弁な痕跡に「……よくやった」とひとり呟いては眉間の皺がまた深くなる。そしてその事実は、主たる彼が無事である証拠でもあった。予想通り、未だ傷ひとつ無くしゃがみ込み頭を抱えるその様思わず安堵の息は零れ、険しい表情にも一抹の安寧が宿る。)無事で、何より。……短刀たちの機転に感謝しなくてはね。(刀身を鞘に納め歩み寄りながらも、意識は遠くに聞こえる戦闘の気配へと寄せていた。激しい剣戟、相打ちとなる音。絶え間無い気配にまた奥歯を噛み締める。目の前できつく握られる拳に視線を落としながら、今は嘘偽りなく唇を開くことしか出来なかった。)……芳しくはない。持ち堪えているとはいえ、皆中傷以上。出陣している第一部隊にも、遠征に出ている他の部隊にも軒並み連絡が取れない。――正直、時間の問題だ。(一切の弱気は無く、それでもあくまで事実として語る。忖度などは元より出来ない質だが、今だけはそれが正しいと心から思うことが出来た。)転送門か……試してみる価値はあるかな。此処に籠りきりではいずれ見つかるだろうからね。(改めて室内を見渡したとてやはり強い結界がある訳でも無い。たとえ意味が無いとしても、此処に留まるよりは幾分かマシだと言える選択肢に首肯を示した。そうして少しの沈黙を伴った後、刀を握っていないグローブを纏った左手で相対する彼の右肩を掴む。加減はあれど、力強く。)――主、気をしっかりと持て。この俺が認めた本丸がそう簡単に落ちる訳がない。そうだろう?(主同様の精一杯の態度だとしても、山姥切長義たるものとしての矜持だった。不敵な蒼の双眸を真っ直ぐに向ける。やがて片手は彼の肩から外され、改めて掌が差し出されることだろう。)……さあ、行こうか。
09/22 01:07*85
(こんな時にも刀剣男士というものは、取り立てて目の前に立つ彼の姿は平凡な平和な日常を貪っていた高校生の目には苛烈で美しく見える。そんな形の良い唇が動いて語った内容は決してこの状況を楽観視できるようなものではない、それでも隠すことなく現実を教えてくれる事はただひたすらに有難いものだった。恐れも怯えも取り払われたわけではない、むしろ戦況の悪さに増してさえいるけれど手袋に包まれた手が肩を掴むと不思議とぶれていた芯が取り戻されるような気すらして。)――そう、そうだよな。俺が変にへこんでる場合じゃねえや。状況が悪いならなおさら転送門を試してみる価値はあるかもな、出陣部隊も遠征部隊も呼び戻せねえけど政府に通じてるなら多少変な妨害がされてたって通じる筈だ。(お互いに神経をすり減らしている事はひしひしと感じている、けれどその輝きを、強さを失わない二つの蒼を前に奮い立った体はもう震えてはいなかった。差し出された掌、普段の変りばえのしない日常の中ならきっと茶化す言葉の一つでも送っていただろうけれど文句も茶化しも何一つなくしっかりと掴む。そうして籠城していた執務室を彼と一緒に出たのなら、変わり果てた畳の上に散らばる鋼の輝きを捉えてしまう。刀の波紋ひとつひとつを覚えている訳ではないけれど拵だけはたまに強請って見せてもらっていたうちの一振り、それでも感傷に浸っている暇はないと無理やり視線をそこから剥がし。)…っ、……長義、転送門の場所は分かるよな。…最悪、そこで張られてるかもしれねえけど一緒に来てくれるか。(彼の手を強く握って顔を見る、剣戟の音は止まないまでも少し前に比べれば幾らか落ち着いているような――それが果たして、敵が減っている為かそれとももう、などと過ぎる考えを頭を横に振る事で打ち払い、高校生は彼の手を引いた。)絶対ここは落とさせねえ、スペアの維持見せてやる。
09/23 23:36*107
(掴んだ肩は、もう震えてはいなかった。彼は決して弱くはない。それこそ聚楽第の特命調査の折、監査官として彼に出会った頃から。それでも、未だ十代の少年であることも理解しているのだ。どれ程の恐怖、遣る瀬無さがその内にあるのか。思いを馳せる様に閉じた瞼は一瞬、次に持ち上がる頃にはしっかりと彼の掌を掴んでいる筈だ。)……この状況だ、転送門が無人だとは考えにくい。そんな場所へ主を一人で行かせるような刀ではないことくらい、わかっているだろう? ……護衛、任された。(殊勝な物言いの後、拝命仕る言葉は静謐に。部屋を出た際、足元に散らばる鋼の欠片をきっと彼も目の当たりにしたに違いない――その矢先のこと。腹の据わった言葉には瞠目の後、自然と唇が解けていた。)ははっ……偽物くんにも見せてあげたいね、その意地を。(己が写したるひと振りを揶揄しながら、いやに静かであった廊下を抜けた先、先程より数は減っているものの不気味な敵影が複数確認できる。「主、俺から離れないように」そんな密やかな低音の後、繋がる手はやんわりと離されるだろう。そうして鞘をひと掴み、すらりと抜かれる刀身と共に蒼の双眸はただ敵を見据えていた。)待たせたな、お前たちの死が来たぞ!(叫ぶや否や、踏み込むようにして敵を薙ぎ払う。数度の打ち合いの後、蹴りによる不意の一撃お見舞いすれば多少の隙は生まれるだろう。隙間を縫うようにして彼を先導しながら門を目指す。その中で、戦う仲間たちの姿を見た。揃いも揃って傷だらけであるというのに、此方に気が付くと皆一様に再び奮闘する様子が伺えるものだから、つい口端が上がるのも無理はない。)君が無事であることが何よりの士気ということ、かな。……益々やるしかないね。(吊り上がった口許のまま、後ろへと言葉を掛ける。そのまま急くように屋敷を出たならば、転送門まではあと少し。柄を握り直し、白銀のひと振りは再び前を向いた。)
09/24 01:15*111
(繋がれた手はきっとそれほど大きさは変わらない、背丈だって見た目の年齢だってきっとそう変わらない。だというのにその心強さは計り知れず未だ地獄が広がっているだろう、待ち受けているだろう門へ向けて走り出す勇気が込み上げる。ここで動かなければ死んだって後悔すると本能で悟った高校生は、死線を潜り抜けてきたものからすればちっぽけな意地と覚悟で首を縦に振って見せた。)これが終わったら国広も連れて三人で焼肉食いに行くか、本科と写しとスペアで丁度いいだろ。ソハヤも呼ぶか?(銘を上げた二振りが、無事でいるという確信はない。けれどこの惨状の中でもきっと文字通りその身が砕けるまで刀を振るっているはずだとそんな信用と信頼が確かにあった。息と声を潜めて彼の半歩後ろをついて歩く、音もなく抜かれた白刃はその輝きを損なわず死を待つだけの敵の姿を映し出していた。演練や鍛錬で刀剣男士が刀を振るう姿を見る事は多々あれど実戦を目にすることなどあった筈もなく高校生はその非日常の光景に息を呑む。それでも足は止まることなく彼が作ってくれた隙を見計らって敵の隙間をすり抜けていく。まさかこんな時に親代わりの刀達から逃げ隠れしていた足が役に立つなんてと場違いな笑いが漏れそうになって、そうして見たのは傷だらけになりながらも立って自らの本体たる刀を振るう刀剣男士たちの姿。)絶対に、お前も、あいつらも折らせねぇからな!(あげた声は己が男士たちに届いただろうか、振り返る事が出来ないまま走り続け――門が見えてきた。普段であれば槍のうち二本が門番として立っているはずのそこ、例に漏れず血に濡れたそこには辛うじて折れていない、といった様子の東西槍が木陰に身を潜めている様が見て取れた。奮闘の結果かそれともどこかに隠れているのか今のところ敵の姿は見て取れず。)…罠か?いや、罠でも行くしかねえな。
09/24 19:22*119
そのメンツ、正気の沙汰とは思えないね。せめて高級店じゃないと割に合わないけど、主の財布は大丈夫かな?(敢えて返した軽口が虚勢であることは重々承知の上、それでも言わずにはいられなかった。この場にいないふた振りが無事である確証はない。内に宿る嫌な心地を振り切るかのように、山姥切長義は刀を振るう。今はただ、主を守ることこそ刀剣男士の本懐であると知っているから。だからこそ、威勢の良い声には一瞬だけ足を止めて。)……ああ、悪くない啖呵だ。――斬ってやる!(響き渡る主の声に鼓舞されない刀などこの場にはいない。たとえ聞こえているのか知る術がなかったとしても、確信を持って長義のひと振りはまた敵を薙ぎ、口元に笑みを浮かべていた。――門へ辿り着く寸前、二つの血溜まりはいやに目に付く。すぐ傍の木陰にて機会を伺うふた振りの槍の姿、殺気を押し殺したその様は戦場で幾度となく共にしたものだ。)御手杵、日本号……どちらも重傷といったところか……。(此方も状況は芳しくはない。恐らくはあと一撃というところだろう。手練れの東西槍のことだ、その使いどころを見極めているのだということは言うまでもなく、柄を握る手にも力が入る。そしてほんの少し振り返っては静かに唇を開いた。)ああ、十中八九罠だ。だがここは真正面から行く。敵はこちら目掛けてやってくるだろうが無視していい。……きっと、あの二人が仕留めてくれるだろう。あとは俺が盾となる。(思わず眉間に力が籠る。言葉が意味することを主であれば理解している筈。その上で、ふた振りが此処を守り続けた意思を、意味を、無碍にすることだけはできなかった。たとえ了承が得られずとも、長義が地を蹴り駆け出すのは時間の問題で。)――行くぞ!(遠慮なく走り出した矢先、これ幸いとばかりに己と主たる彼を狙う影が揺らめく。その切先が此方を捉えるよりも先に、二本の槍が敵を貫く様が視界の端には映っていた。)
09/25 00:38*123
最悪我らが博多大明神に出資してもらおうぜ。(軽口だってきっと言霊が宿る、今ここで無事を確認できない刀の銘を呼ぶことでそれが少しでも無事に繋がればと、本家のスペアたる自分の身の無事を守ってくれている刀がいるのなら刀の身の無事を祈ることだって無駄ではないのだと祈りつつ。手入れをしなければと過ぎる気持ちとは裏腹に今この機を逃してしまえば本当にこの本丸が終わってしまうと嫌な確信がそこにはあって、もう一度強く、強く、爪が皮膚を破るほど強く手を握り締めた。)――…分かった、事が終わったらあいつらを先に手入れ部屋にぶち込んでやるからな。(それもきっと縋るような神頼みの言霊、息を潜める二本の槍の瞳は決して未来を諦めてなどいない。であれば将である自分がやることはただ一つ、)おう!(叫ぶ声に呼応して敵が揺らぐ、将を落とせば勝ちだと知っているのだろう鈍く刃こぼれだらけの刀が己を狙い――塵と消えた。振り返る余裕はない。駆け寄った転送門、壊されてはいないかと真っ先に起動を試したそこはあの槍たちが死闘の末に守り切った場所だ。それ故に当然、)――ッ!繋がった!あいつらが守った門だ、行くぞ長義!(転送門に政府施設を設定する、果たして正しく機能するのかあの二本を疑う余地などどこにも存在しない。たとえこれが政府施設に通じていなくても。たとえこれが死地への片道切符だったとしても。本家の代替品だと言い聞かせられ続けてきた人生十七年、精一杯「自分」を生き抜く実感を得た今足を踏み出す事に躊躇いはなかった。)スペアだってなぁ!こいつらの!主なんだから!これ以上好き勝手させるか馬ーっ鹿!(政府施設に救援を求めに行くとは思えないような子供っぽい言葉、宛ら三文役者が演じる悪役の捨て台詞だ。本丸全てに響かせようと腹の底から吐いた声は皆に届いただろうか、そうして高校生は飛び込むようにして――門へと駆け込んだ。)
09/25 20:59*132
(軽快な軽口の応酬は、ひと時だけでも此処が地獄のような戦火に包まれている事実を遠ざけた。たとえその言霊が微かな願望でしか無かろうと、今ばかりは否定を口にはしない。寧ろ呼応するかの如く、この好機を逃さすまいと蒼の双眸は鋭さを増すばかりだ。黒霧となり掻き消える向こうで、ふた振りの槍は確かに不敵に笑ってみせた筈。行け、そう言うように。)ああ、二人も、主もよくやった!このまま政府へ――、(己を呼ぶ彼の声に応えた刹那のこと、突然の殺気に全身の毛が逆立つ心地が走る。すぐさま刀身を薙いだ先には禍々しい妖気を放つ敵短刀――苦無の姿があった。咄嗟に構え直すものの、その素早さは味方の短刀をも上回るもの。鈍い音と共に重い一撃がその身に走り、思わず苦々しい声が零れ落ちた。)――ッぐぅ、……ははっ、いいぞ……楽しめそうだ。(ぽたり、体から落ちる血を拭うこともなく敵へ踏み込む。間合いを見極め繰り出したのは一太刀ではなく、スーツの如き黒いスラックスを高く上げた強い回し蹴り。そのまま踏みつける様にして相手の喉元へと刃を構えた。背中から聞こえるのは最高の三文役者による悪役が如き捨て台詞。途端、ニヤリと口端を上げるこのひと振りもまた、悪役の如き様相で。)そういう訳だ。せめてもの土産に、お前たちには相応しい死を与えてやろう!(躊躇いなく真っ直ぐに振り下ろした刃は的確に相手を滅しただろう。それが合図と言わんばかりに、カーン、カーンと鐘が鳴る。本丸に響き渡るそれは紛れも無い、第一部隊と遠征部隊の帰還の鐘の音だった。)……最高のタイミングじゃないか、山姥切国広。 ――聞け、主は無事だ!あと少しだけ持ち堪えろ!(姿は見えずとも感じ取る気配に、珍しくその名を口にする。満足そうな笑みを携え、叫ぶ声はどれだけの耳に届いただろうか。後を託すようにして門へと飛び込む満身創痍のひと振りには知る由も無いことだった。)
09/25 23:19*136
(不意に何か、風を切る。それが敵の姿であったと認識できたのは己が捨て台詞めいた言葉を吐いて彼がそれに同調し――敵苦無が砂塵と化した頃。動体視力は人並みにあった筈だと思っていても敵の中でも随一の速さを誇る苦無と人に似て人と異なる刀剣男士の動きはそう、理解に数秒を要する。風に乗って散っていく敵であったものは気付けばあちこちに血だまりを作っていて、それに気付くと同時に耳馴染んだ鐘の音が本丸の中に鳴り響いた。門を潜るその一瞬、それでも確かに聞こえたそれがこの本丸の主力戦力の帰還を告げるものであったことに安堵して肌に張り付くような時間が歪められるような言葉にし難い感覚と共に目の前が白んでいく。眩しい。光が閉じた瞼の奥へと針のように差し込んでくる。そうして次に目を開いた時、高校生は慌ただしい喧騒の中に立っていた。)――…長義!(同じ門に飛び込んだのだからきっと彼も同じ場所に辿り着いているはず、無意識に彼の銘を口にするその声に気付いた刀剣男士が慌てた様子で駆け寄ってきた。政府所属の刀なのだろうか、本丸のどこかにいたはずの一振りと同じ顔をしたその脇差は眉間へ深く皴を刻んだまま目の前で足を止めた。「お前どこの本丸の審神者だ?状況は、救援が必要ならすぐに本丸の情報教えろ、ここに来られたって事は転送門が生きてたんだな?」矢継ぎ早に繰り出される質問に思わずたじろぐ、太陽のように明るい打刀は彼の事を「いらち」だと言っていただろうか。それでもその言葉の中に救援、の一言を拾い上げると何度も何度も首を縦に振った。これで本丸は、自分は、刀剣男士たちは助かるのだとそんな事が込み上げて、途端に体が震えだす。怖かった、)ひ、(とつぎ、と名乗ろうとして息が詰まる。声が出ない、助けを求めるように己が白銀の打刀へ縋るように目を向けて一粒だけ零れた涙に濡れた息を吐き出した。)
09/26 00:34*137
(乾いた喉が張り付いて気持ちが悪い。ごほっ、と咳き込むと同時に膝を突いたその場所には見覚えがあった。仰々しい建物に往来する一際慌ただしい人の気配――かつて己が属していた時の政府、その場所だ。傍で己の名を呼ぶ彼に、君は無事かと声を掛けたかった。しかしそれは叶うことなく再び咳き込む息となって吐き出される。己の無様さを呪いながら、今は互いの無事を噛み締めてチラと視線をやることが精一杯か。――その最中、此方へとやってくる姿には覚えがあった。同じく政府による顕現で身を成す、人斬りの刀。“いらち”と称されながらも心根は面倒見の良い彼の問い掛けに、頷くばかりの主を見遣る。その姿は執務室で見た姿と同じ、震えるただの一人の少年だった。やがてかち合った縋るような視線、そして、一筋の涙。それを見るなり、先程までが嘘のように息をすることが出来た。二つの蒼を柔らかく細めながらグローブを纏う手を伸ばしたなら、その涙を拭ってやることは叶うだろうか。)審神者名、一ツ木……。本丸内には既に折られた者が数名、重傷が多数。たった今外部との連絡が取れた為、主戦力が応戦中の筈だ。……至急、救援と保護を頼む。(静かな声で主たる彼に代わり告げる内容に、目の前の脇差――肥前忠広は「わかった、すぐに救援を出す。……あんた、此処まできて折れんなよ」との言葉を残し、足早に去っていった。その背を見送りながら、はぁ、とひとつ息を吐くとじくじくと痛みが蘇ってくるだろう。眉間に皺を寄せながら、剥き出しの刀身と鞘はその場にカシャンと音を立てて転がり落ちる。そのまま仰向けに倒れ、少しでも痛みを逃がそうと荒い呼吸を繰り返した。)はぁ……、……主……よく、あの状況で迷い無く門を開けた。これは、優を与えなければ、ね……。(視線だけを向けながら、どこか冗談めかした褒め言葉を口にする。その姿はボロボロだが、表情だけは確かに笑みを浮かべていた。)
09/26 02:11*138
(満身創痍。血と土埃に塗れた彼はそれでも尚凛として眩い、伸びた手が薄く砂を纏った頬に道を刻む涙を拭い去り自分の代わりに脇差に状況を説明する彼の隣で震える膝の力が抜けその場にしゃがみこんだ。生きているのだ。自分も、彼も。そしてまだ本丸では刀剣男士たちが本丸を守ろうと奮闘している、救援要請に応えてくれた脇差を見送って倒れ込む彼へ目を向けた。痛みを堪えているのだろう荒い呼吸の中いつかの特命調査の折に与えられたものと同じ判定が下されると泣き笑いめいて表情を崩し。)あ、いつらが……守った門、だからな。(死の予感に晒されていたことへの恐怖は消えないまでも笑む彼の顔に気が抜ける、「大丈夫かい?政府の手入れ部屋が開放されているよ」と声をかけてきたのは脇差と同じ政府刀の一振りで、新々刀の祖である相方を伴わない姿は珍しく数秒眺めた後に頷いた。見るからに練度の高い政府刀剣の部隊が転送門を潜っていく。浅く息を吐き出した。)――手入れして、すぐ戻るぞ。(――第一部隊や遠征部隊が戻ってきた本丸は政府の救援部隊の尽力もありその後は鎮静を図る事が出来た。しかし折れた刀は戻ってこない、同じ刀を顕現してもそれは別の個体であってこれまでの歴史を紡いできた刀ではない。それでも歴史を守る為高校生は前を向く、死地を生き抜いた戦友と共に。これからの歴史を紡ぐ新たな仲間と共に。)なあ長義、(あの日から自然と白銀の打刀を近侍とすることが増えた。穏やかで普通の、平和な時間が流れる執務室に珍しく静かな声が落ちる。)俺さあ、いつかちゃんとお前らの主ですって胸張って言えるようになりたいんだ。(出来っかな、そう呟くと同時に執務室の襖が開く。「主!博多から軍資金を受け取ってきた!焼肉だ!」賑やかな声は第一部隊長を務める写しのそれ、手を叩いて立ち上がると彼へと笑いかけた。辛くも勝ち取った平凡で幸せな日常、それは賑やかに過ぎていく――)
09/27 00:54*139
(泣き笑う主の姿を両の眼に焼き付ける。彼が生きている、それだけで僥倖だった。気の抜けたように吐息が零れる――その時、涼やかに響く声の方へと視線を向けた。新々刀の片割れ――源清麿が提示する案には一も二も無く首肯を示し、主が導くままに手入れへと向かっただろう。 ――本丸内から戦火が去った後、まず提案したことは折れた仲間の弔いだった。決して癒えることは無い傷、それでも確かな歩みで本丸はまた前を向き始めていた。)何かな、主。(座っていても尚姿勢の良い佇まいで、視線は書類へと落としたまま。近侍を任されることが増え、こうして彼の傍で相槌を打つ場面も多くなった。だが、その中でも珍しい声色と言葉には自然と顔も上がる。何を馬鹿なことを。そんなもの、とうの昔に――そう紡ごうとした瞬間、響く声は見事に水を差す。)…………、……空気を読んでくれないかな、偽物くん。(ひくり、と口許が引き攣るのは最早お約束か。やがて深い溜息と共に書類は机へと伏せられ、後を追うように腰を上げる。)ほら、ソハヤノツルキも連れて行くんだろう?君が声を掛けてやるといい。(写しがひと振りの名を挙げては彼の背をそっと押す。内番姿の己が写しへは「とっとと着替えてこい」と無遠慮に指を差して。――そうして向かった焼肉店にて、隣に座る主へ向けて不意に言葉は紡がれる。)……あの時、君は確かに胸を張れていた。立派な俺たちの主だ。(脳裏に描くはあの悪役宛らの台詞。トング片手にそう告げる姿は些か滑稽で、平和で、あまりにも幸福な光景に違いない。 ――人も刀剣も、生まれては失われていく摂理の下に存在している。若き主も、長義のひと振りも、人の身を得て道半ばの命。未だ空には至らず。されど時に無邪気に笑い、理不尽に怒り、無力さに嘆き、そして再び前を向く。――嗚呼、それこそが人の生、そして刀の生。これは白銀の刀が人の子と共に知った、或るさいわいの物語だ。)
09/27 02:22*140