主君、お迎えにあがりました。

(果たして水心子正秀は『若いツバメ』となり得たのか──その答えは、しいて言うなればイエス、言ったところ。あの日、主を連れ戻すことに成功したひと振りは、共に帰還した本丸にて盛大な出迎えを受けたことは言うまでもない。皆が喜び、安堵し、まさにこれにて大団円──そんな最中、ゴホンというわざとらしい咳払いをして、)さぁ、我が最愛の主……この期間に育んだ愛を再び確かめたい。私がいくらでも共寝をしよう。(などと言い出したなら、さて、彼女は乗ってきてくれただろうか。いずれにせよ蜂須賀虎徹や源清磨の驚き様は言わずもがな、更には長曽祢虎徹や南海太郎朝尊までも双眸を大きく見開いたものだから、この驚きは大成功と言うに相応しいものとなった筈。ただ、「オイオイ、とんだ驚きだぜ!詳しく聞かせてくれ、水心子!」と嬉々として絡んできた鶴丸国永に関しては大きな誤算であったに違いない。まさに根掘り葉掘りといった態度に対して徐々に顔を赤くして、終いには外套の襟と帽子にて顔を隠してしまったひと振りは、やはりどこか生真面目さを捨てきれない若者然としていただろう。そんな姿を見て笑う皆と共に彼女もまた笑ってくれていたなら、やがて水心子からも笑みが零れ落ちる。そうして再び、平穏は訪れたのだった。)

我が主よ、折り入って頼みがあるのだが。(──それから程無くした或る日、水心子は主たる彼女の前に跪坐にて対面していた。その表情は真剣そのもので、一見すれば修行の申し出とも勘違いされそうなトーンであったことは言うまでもない。ただ、その仰々しさには己でも気が付いたらしく、思わず片手を少し挙げて訂正をしようか。)あ、いや……頼み、というより、……褒美の件だ。あの時の“礼”とやらを使わせてほしい。(選んだ言葉は、あの日、彼女が“なんでも”と言ってみせた一件だった。期限は無い、とは言われていたものの、あれ以来真面目に考え続けていたのはやはり水心子正秀が元来持ち得る性格のせい。そこまで切り出した後「少し失礼する」と一言言い添えて席を立ち、別の部屋から薄く大振りな箱を持参して再び彼女の前へと腰を下ろした。そして彼女に見せる様に箱を開いたなら、そこには江戸紫に江戸小紋の入った着物、白い桜柄の入った薄紫の帯、そして翠の石が鮮やかな帯留めが入っている。)新たに仕立ててもらった着物と帯、……それから、私が選んだ帯留めだ。……これを着て、私と共に出掛けてはくれないだろうか?(そっと彼女の顔色を伺い見るべく見上げたその表情は恐る恐るといったものだが、その誘い文句は事前に練習をしておいたおかげか、ある程度動揺せずに口に出せたに違いない。果たしてこの“逢瀬”の誘いに彼女はすんなり頷いてくれるだろうか。それが叶わずともあの手この手でやっと約束を取り付けたなら、思わず「やった!」と無邪気な声が零れ出る筈だ。ただ、次の瞬間にはハッと我に返りわざとらしい咳払いで誤魔化してしまうのだけれど。)で、では……次に私が非番の日、あなたも予定を空けていてもらえると大変ありがたい。……その、ありがとう。楽しみにしているぞ、我が主。(贈り物である着物一式に再び蓋をして立ち上がり、一礼をして踵を返す。退出間際喜色の滲む礼を述べたなら、戦闘服の帽子をそっと被り直して部屋から退出しよう。そうして戻った自室にて「どうだい水心子、ちゃんと渡して伝えられた?」とどこか嬉しそうに尋ねて来るのは親友のひと振り。思わず「わ、渡せたぁ~……!」と力が抜けたようにしゃがみ込んで呟く水心子の周囲には桜が舞っていた、ということは、きっと後々清磨によって彼女へと伝えられたおまけの話だ。 ──程無くして、その日はあっという間にやってくる。緊張の面持ちのまま玄関先にて彼女を待つのは、軽装を身に纏ったこのひと振り。やって来る彼女を見止めたなら、その姿にわかりやすく瞳を輝かせることだろう。)──! ……うん、よく似合っている。きっとあなたに似合うと思っていたんだ。(彼女のすぐ傍で、開口一番そんな誉め言葉が口を吐く。それは紛れもなく本音で、嬉しそうに細められている双眸が何よりもそれを物語っている筈だ。やがて彼女と並び立ったなら、徐に差し出すのは緩く曲げてみせた片腕。口許を襟巻に埋めながらも、そっと伺い見る視線は雄弁に。)エスコートは任せてほしい。……今日は近侍としてではなく、若いツバメでもなく……ただの僕として、あなたと……季子さんと過ごしたい。(少しばかり照れが滲みつつも、そこには取り繕わないありのままの水心子正秀がいる筈だ。ただ、彼女が腕を組むのを躊躇う様であれば代わりに片手を差し出すに止めて。いずれにせよ、己が用意した着物を纏う姿にひと振りは眩しそうに双眸を細め、優しい微笑みを彼女へと向けているだろう。)向かう先は現代。既に申請済みだ。……その、共にまた展示会を見てみたくて。あなたと同じものを感じて、共有して、楽しみたいんだ。(そう打ち明ける様と、触れ合う距離が擽ったい。僅かに首を傾げながら「さぁ、行こう」と促す様も、どことなく普段は見せないような柔らかさを纏って。そうして二人揃って歩みを進めたなら、他愛もない話を交わせるといい。取り戻した平穏を、平和を噛み締めるみたいに。きっとそれは目的地でも同じこと、寄り添いながら楽しむ姿がある筈だ。──揃いの装いを見た誰かが「あの二人、とてもお似合いね」なんて感想を零したことなど、好奇心に身を任せる二人の耳には届く筈も無いのだけれど。 あなたとならば何処へでも行ける。生真面目なひと振りがそう言えるようになったのはたった一人の女性のおかげ。その手を離さず、東奔西走気の向くままに。それは人と刀、異なるふたりが見つけたひとつの絆だった。)

(振り返ってみると、記憶を失っていたのは『感光』のようなものであったのかもしれない。直接光が当たり焼けることで、赤くなったり白飛びで上書きされてしまう――謂わば火傷のようなもの。ただ、本来であれば元に戻すことは不可能であるそれがすっかりそのまま元に戻ったのだから、人間というものは案外丈夫な作りをしているのだろう。それこそ、カメラのフィルムとは違って。そんなことを思ったのは、例の如く彼の相棒へと同乗して帰路に着く最中のことだった。――豊前江を伴って帰還した本丸にて、久方ぶりに主たる女と顔を合わせる刀剣男士たちの反応は語るまでも無い。事前の連絡があったとはいえそれはもう大変な騒ぎとなり、案の定今宵は宴だ祝い酒だと主役の席まで担ぎ上げられ、その結果いつかの会話通り前後不覚まで酔っては豊前の世話になる、なんていう話のオチまでついてしまったのだから、事の顛末は非常に賑やかのものだ。女は相も変わらずに不愛想な顔をしていたけれど、その態度は始終安堵感に満ちたものであったことは確かだった。そう、在るべき場所に帰ってきたのだ、と。誰に言うでもなく、女の手は自然にシャッターを切っていて――その日撮った写真の幾つかが珍しくブレていたことは、後になってからわかった笑い話だ。)

(それから少しだけ時が経った某日――もう春が近い。本丸内の原状復帰は既に刀剣男士たちが自発的に行ってくれていたとはいえ、元に戻らないものもいくつか存在している。例えば、本丸内に飾っていた大半の写真。例えば、本丸に保管していた幾つかのカメラ機材。前者は凡そ予想の範疇であったが、後者に関しては実際に目の当たりにしてみて軽い眩暈が起こったものだ。「大将はカメラの道具が駄目になった衝撃で記憶を失ったんじゃねぇか?」なんて、当時の反応を揶揄うような薬研の冗談をレンズを拭きながら耳にする。思わず「……うっさい」と一言反論を口にするものの、視線を上げないまま女は唇を開いた。)確かにカメラは痛手だけど、……あんたたちの方が大事だから。そっちが無事ならそれでいい。(呟いた言葉に対して一瞬の間が空く。それは同じ室内にいた歌仙と薬研が顔を見合わせたものであり、次の瞬間には二人の穏やかな笑い声が響いた筈だ。「いつもそれくらい言葉すればいいというのに、君という人は……」と言ってくる歌仙の方は、とてもじゃないが照れ臭くて見ることができず。思わず逃げるかの如く磨いていたレンズをしまい込んだなら、傍らのアイボリーのオーバーサイズのダウンを羽織り、カメラ等一式がしまわれたバッグを肩へ斜めに掛けて徐に立ち上がろう。)……それじゃ、後よろしく。(軽く片手を挙げて気軽に言ってみせた先で、歌仙が片眉を上げる素振りが目に入る。「よろしく、って……供も付けず一体何処へ行くんだい?」一転して腕組みをしながら小言めいた口調を吐き出す歌仙に向かって、女は振り返り軽く肩を竦めてみせた。そして、)豊前とデート。……行ってくる。(なんてことはない様にあっけらかんと言っては、「――なっ、」と面食らったひと振りの表情を眺めた後女は部屋から出ていくだろう。「……全く、僕たちの主と近侍は、どうしてこうもじっとしていられないんだろうね……」そんな溜め息を零す歌仙に、傍らで薬研がまた笑い声を上げる。そんなやり取りすら置き去りにして足早に向かうのは彼の傍、そして彼の相棒が待つ場所だ。その姿が視界に入ったなら、小走りに傍まで近寄って行こうか。)……おまたせ、行こ。(乱れた髪を手櫛で直しながら慣れた手つきでヘルメットを受け取り、いつかの日のように――或いは今まで何度もそうしてきたように彼の相棒へ跨って、あの場所を目指す。――「あそこに連れてって、豊前」そう言ったのは女の方からだった。それはある種の節目の儀式とも言うべきか、女にとって再スタートとなるにあたって行っておきたかった、というのは建前。例の騒動があった折、多くの写真は焼け落ちたものの、幸い彼と毎年訪れていたあの場所での写真は残っていた。その写真を自ら見返して無性に懐かしくなったから、という理由こそ本音であったが、さて、それを口に出来る程の可愛げがあったかどうかは彼のみぞ知る。やがて目的地へと到着したなら、彼の手を借りながらシートから降りてヘルメットを外す。その先の光景はやはり懐かしくも変わらぬものであったから、女の双眸も自然と眩いものを見るかの如く細められるだろう。)――きれい。前にあんたと見た時のまま。(ぽつりと呟いては同意を求める様に視線を彼へと向けてみる。そしてヘルメットをシートの上へと置いたなら、取り出すのは勿論女の相棒だ。設定とピントを合わせ、レンズを覗き込みながら一歩後ろへ。そうしてパシャ、とシャッターを切る音が辺りに響くだろう。)……やっぱり、私が探してたのはあんただったね。(写る景色、そしてそこに在る彼の姿にそんな一言は零れ落ちる。思い出すのは、理由もわからずに“何か”を渇望してシャッターを切り続けていた日々のこと。切り取る世界は美しくとも、そこに彼という存在がいないだけで世界は色褪せていた。それを取り戻すかの如く、焼き付けるかの如く、女はシャッターを切る。数枚を収めた後はそっと顔を上げて、徐に彼へと近づこう。レンズ越しではなく、琥珀色をした瞳で真っ直ぐに彼を見据えて。)豊前、……これからも、傍にいて。(静かに、けれど彼に伝わるようはっきりと呟く。そうして視線の先で彼が笑ってくれたなら、女もまた同様に唇を綻ばせるだろう。――好き、その二文字を大切そうに呟いて。 互いの相棒を携え、仲間と共に、二人揃って掛け替えの無い日々を駆け抜ける。人生というフィルムに忘れ難いさいわいを焼き付けながら。)

(皆の集合写真を撮り直そうと言い始めたのは、彼女だったろうか。少し焦げついたお守り代わりに持ち歩いていた一葉は、実は仲間が増えた頃に撮って貰った集合写真だったから、以前のものは自分の私室の机へと大事に仕舞われることになった。とっておきの写真二枚、並んで飾られているのを一歩、二歩と後ろに下がり、腕組みして眺めてみる。悪くはないが。)……ちっと恥ずいちゃねぇ……。(目元に赤を差し込ませながら、しみじみはにかみを噛み締める。ツーショットを玄関に飾る案などは、てっきり当人たちがそのつもりでも本丸の他の男士たちには反対されるとばかり思っていたのに、すんなり受け入れられて少しばかり動揺した。なんだかんだ隠しているつもりでも、周りから見えるものは多いらしい。改めて帰還し、宴を終えて本丸を整え直した数日後。写真の整理をしようと、皆が大広間に集まっている。早く、と呼ばれるまま、早足で合流した。畳にたくさんの写真が広げられている。)すげー量。よくこんだけ撮ったよなぁ。(それだけ積み重ねた記憶があったということだろう。どこか誇らしげに見下ろして、目についた写真を手に取って思い出話に逸れそうになったところを、歌仙に留められる。年毎に纏めるか、刀剣男士ごとに纏めるか、アルバムに綴じてゆくという話を整理整頓を得意とする男士たちが相談している。近侍を務めることも多い身ながら、適材適所を唱えてもいるので、ここは委ねてしまうとしよう。せいぜい皆が見やすいように、写真の重なりを解消するべく広げていくくらいは手伝える。かるたでも始まるみたいだと笑いながら指を滑らせていたが、ふと誰かの手にぶつかって視線を持ち上げれば、琥珀の双眸ともかちあった。)……主。(小さく呼ぶそれが、結局馴染んでしまうのだという実感は、ここ数日で改めて湧いている。にっと笑い、過日の話でも振ってみよう。)やーっぱ、俺の写真が多いか?こんなん撮ってたのかよってやつも結構ある。あんたは撮った時のこととか、覚えてんの?(どういうふうに切り取られるかは、為し手にしかわからない。彼女から見た自分の姿と思うと不思議だとは告げたと思う。それに加えて、彼女の瞳というレンズに、こんなふうに映ってくれているのなら幸いだとも感じた。彼女が写した四角はどれも、表情は様々であれ、楽しそうな表情を縁取っているから。彼女の側に在れる数多の喜びが、きっと本丸にいる人数分、伝わってくれているだろうと思えるのだ。何度か手を止めながらも整理を進めていく。遠征に向かう者が出立前に立ち寄り、内番が当たっている者が抜け、昼餉の準備に向かう数振りが抜け──日が傾き、やわらかくなった日差しが差し込む頃には、誰かが図ったかのようにふたりきりになっていた。何かを言いたげに唇を開くが、呼吸の音だけが落ちる。)──……おかえり。……いや、改めて言いたくなったんだよ。(結局今更な四文字を紡いでは、くすぐったそうに肩をすくめた。そうして見せてくれる表情を双眸細めて眺め、写真を撮りたくなるという彼女の気持ちがわかるような気がする。いつしかカメラの使い方を教わってみようか。彼女の写真が少しずつ増えていく日も、そう遠くはないのかもしれない。)

(動画投稿サイト出身のアーティスト、夜たかは顔出しを一切していない。動画の投稿文も最低限だった従来通り、メジャーデビューを果たしても、一人の人間としての情報は伏せられたままだった。ただ歌が好きなこと。歌でさみしいひとに寄り添いたいこと。それしかわからない、ミステリアスさも魅力なのかもしれない──と記事に書かれた時は、「こういうのが恥ずかしいから個性とか出したくないのもあるんだけど……」と、音楽雑誌にぐしゃりと皺を寄せながら、背を押してくれた彼に吐露したこともあっただろう。本丸を立て直す中、レッスンやデビューに向けての打ち合わせを並行し、助けを借りながらも何とか審神者と歌手とを兼業している。難しいことも辛いこともたくさんあって、それでもおのれの夢を理解し、応援してくれる本丸の仲間たちが何よりも支えだった。──そうして迎えたこの日は、“夜たか”がライブのステージに立つ。顔は黒のヴェールで隠されているが、多くのひとに直接歌を届けることが叶うのは嬉しい。流石に本丸の全員を招くとなると、関係者席がいくつあっても足りず──申し訳ないが留守を任せて配信に耳を傾けている者もいる中、たったひとりだけを選んで、特等席を用意して貰った。)……あの、(歌と歌の、あいだ。歌おうと思えば堂々とできるのに、話をするとなるとあんまりか細かった。MCをするとは思われていなかったのだろう、歌声以外をはじめて耳にしたと客席がざわつく。)……いつも、応援してくれてありがとうございます。あたしの歌を聴きに来てくれるひとがこんなにいるってこと、しあわせです。今日は楽しんで行ってください。(会場に託けたトークなど、そんな器用な真似はできないから、目一杯の感謝を伝えよう。)……でも、この次の曲だけは、夢を応援してくれた……とあるひとりのために、歌わせて欲しいの。(それが誰を指すのかは、伝わってくれているといい。ヴェールの下からながら、彼が座っているだろう辺りをじっと見つめる。目がいいから、声にしなかった唇の動きも、彼なら察してくれるかもしれない。少し迷う間があって、吐息だけのろくもじ。感謝はいつだってことあるごとに捧げているから、「だいすきだよ」なんて──自分だけの秘密を落としては、伴奏の合図をして喉を震わせる。音楽会社に頼み込んで、カバーの許可を取り、セットリストに組み込んで貰ったその曲は、嘗てふたりきりの際に聴かせた曲だ。始まれば終わってしまうのはあっという間で、残りの時間は観客全員の為に歌を捧げたろう。再び顔を合わせるのは楽屋なのか、疲れ切って帰ってきた本丸でなのか、そのどちらであったとしても、小さく笑って問いかけた。)聴いてくれた?(さて、何を指したのかは彼の反応次第。胸の内に秘めていたままだって、つよくこの心の宿り木となってくれる想いだから、この先も大切に大切にするつもり。忘れてしまって、もう彼がさみしくなることがないように。)

(主を本丸へと送り届けたのち、すぐさま政府へと向かうことにした。)大丈夫、すぐに戻ってくるよ。……主を頼む。(始まりの一振りに小声で告げ、主に止められる前に本丸を出ていこうとする。察しのいい主に呼び止められたならば、任務の報告があると答えた。通信は傍受されてしまうかもしれない、なんて尤もらしい理由を付け足しただろう。勝手知ったる政府施設を闊歩して訪れたのは、とある場所。主が本丸と東京を制限なく行き来できるよう許可を取りにきたのだ。現在も特に制限されてはいないが、この先どうなるかは分からない。どうなったとしても、ふたつを選んだ主が自由に活動できるよう先手を打たせてもらう。政府側が渋る場合を想定して交渉の言葉をいくつか用意していたが、拍子抜けするほどあっさり認められた。どのような事態になったとしても往来を認めるという一筆を貰い受け、翻されないうち足早に本丸へと帰還する。その後、許可証はこんのすけにこっそり預けておくことにした。有事の際、審神者の傍にいるのは己ではなく彼の方が確率が高いと思われたからだ。本当はどんなときでも主の傍にいたいが、きっと己は矢面に立ちたがる。)

(主と共に本丸へ戻って数日、ずっと引っかかっていることがあった。主の歌は好きだ、それは間違いない。しかしながら主は、記憶をなくしていたときならともかく思い出したときも、まるで予防線を張るような発言をしていた。「あぁ……あたしの歌がね!?」そんな主の言葉を反芻しては、小さく息を吐いた。)……ちょっと、違うんだけどなぁ。(心の中で思ったつもりが、口に出てしまったらしい。同室の水心子がどうかしたのかと問うてきて初めて気づく有様であった。しばし瞬いて苦笑する。)あぁ、ごめん。主にちゃんと言うべきなのか、迷ってることがあるんだ。(主に己の気持ちを正しく理解してもらいたい。けれど身勝手であることは重々承知しているし、主にとっては迷惑なことかもしれないと一抹の不安が拭えなかった。水心子は不思議なものを見るような目をして、徐に口を開いた。清麿らしくない、その一言にはっと気づかされる。)……そうだね。ありがとう水心子。(親友に指摘されて、迷いは晴れた。すっくと立ち上がり主の元へと向かう。審神者部屋の前までやってきて、一声かけてから戸を上げた。もし、近侍か他の誰かいたならば、少しだけ外してほしいとお願いしよう。そうして主の前で行儀よく正座し、まずは突然ごめんねと謝っておき、)君に伝えておきたいことがあるんだ。きっと悪い話ではないから、どうか気持ちを楽にして聞いてほしい。(いつも通りの穏やかな声色で前置きをひとつ。主の用意が整ったのを見計らい、先と変わらぬ口調で言う。)僕は君が好きなんだ。(心からの笑顔と共に打ち明けてしまえば、清々しい気持ちになった。一呼吸の間を置いて、補足するように続ける。)君の歌はもちろん好きだよ、でも歌だけじゃない。君という人が好きで、だから君の歌が好きなんだ。……どうか、覚えておいて。(押しつけがましいのは覚悟の上、知ってもらうことに意義がある。見返りを求めていないことが伝わればよいのだけれど。星の瞳を見据えて、主の様子を伺おう。驚かせてしまっただろうか。困惑しているようであれば、今すぐ受け入れてくれなくてもいいからと控えめな言葉を添え、日を改めて再び伝える心づもりでいる。――好き、という言葉には大きく分けてふたつの意味があることを源清麿はまだ知らない。彼女が歌手として本格的に活動を始めたならば、恋愛をテーマにした歌を歌うこともあるだろうか。その歌が琴線に触れたとき、初めて知る感情があるかもしれない。これより先は、一人と一振のみぞ知る物語である。)

(ある程度の覚悟はしていたが、それはそれは盛大な出迎えだった。皆に心配をかけてしまったと同時に、こんなにも多くの心を寄せられているのだと改めて感じる。皆を一度に抱きしめてあげられたらいいのに。さすがにそれは叶わないから、顕現が新しい順に並んでもらい、一振ずつ手を取って短い言葉を交わしていった。本丸に来てから日が浅いものほど、不安な気持ちも大きかったのではないかと。信頼というのは少しずつ積み重なるものであるし、主というだけで信頼してもらえるとは思っていない。様々な反応を見せてくれる彼らと幾多の「ただいま」と「おかえり」を重ねて、一番最後は――)山姥切さん、ただいまです。清麿さんから少しだけあなたの話を聞いています。本丸にいてくれて、ありがとうございました。(始まりの一振りは僅かに照れているようでもあったが、誇らしげに頷いていた。それから本丸の近況を聞く際には、自分を探して本丸を離れていた彼も一緒に。)

(本丸に戻ってから半月後、のどかに晴れたお昼前。彼を審神者部屋に招き、ぬるいお茶を出した。一口含めば、覆い香が鼻へと抜けていくだろう。軽く喉を潤してから、座卓を挟んで正面にいる彼へ目を向けた。)まだ、ちゃんとお礼を言っていませんでした。本当はすぐにお話ししたかったのですが、色々ありましたから……。(歴史修正主義者はこちらの事情など知ったことではないから早々に部隊を組んで送り出し、自分がいなくなってからそのままにされていた部屋を片付けたり。彼と種まきの約束はもちろん忘れずに果たし、撒いた場所には目印に札を立てて芽が出るのを待っているところ。赤い塔を登った認定証は、透明な写真立てに入れて棚の上に飾っていた。座卓からもよく見える位置だ。今日、彼を呼んだのは個人的な用事だ。)私は人の役に立つ仕事がしたかった、というお話をこの間しましたね。審神者は大事なお勤めですから、しっかりしなくては、ちゃんとやらなくてはと思っていたんです。(もちろん、そればかりではなかった。山姥切国広を始めとして、刀剣男士達が増えていくたびに賑やかになっていく本丸に家族のようなあたたかみを感じ、彼らをかけがえのない存在として大切に思っている。見送り際の祈りは、自分が子供のときにしてほしかったことを取り入れたのが始まりだったが、今となっては大事な習慣だ。これまでを振り返るうち、特命調査を経て本丸に迎え入れた頃の彼を思い出して微笑みを浮かべる。鷹揚な彼に何度助けられてきたことか。)今の私は、審神者でいられることが、皆さんと暮らせるのが好きで楽しいです。清麿さんが気付かせてくれました。私を迎えに来てくれて、一緒に本丸に戻ってくれてありがとうございます。(深々と頭を下げ、三拍数えてから顔を上げた。あの日に感謝を何度か告げたが、まだ伝えていない感謝があって、言わなくてはとずっと思っていたのだ。彼のうつくしい瞳と視線が合わさったならば、にこりと笑いを向ける。彼からも何か言いたいことがあれば聞くつもりでいるし、他愛無い雑談を交わしたりもしただろう。そうして正午が近づいたころ、山姥切国広がやってきて手短な連絡を残して去っていく。頼んでいたあれが届いたから、先に準備をしておくと。)ありがとうございます、山姥切さん。――さあ、私たちも一緒に行きましょう。皆さんに仕出し弁当を用意しました、今日は外でお昼ごはんですよ。(残っていたお茶を飲み終えてから嬉々と立ち上がり、彼へと手を差し伸べた。ご飯を食べる場所へ彼を案内するためというのは表向きの理由で、本当はただ彼と手を繋ぎたいだけ。青空の下で皆と共にする食事は、特別な味がしただろうか。新たな思いを胸に、本丸での日々は続いていく。願わくば、彼と多くの思い出が残せますように。)

(主を取り戻した本丸は、在るべき姿へと戻り活気を取り戻しつつあった。主不在の間に滞っていた諸々も直に解消されるだろう。けれどこれはまだそうなる前の話だ。とある一室から出て来た二振りの姿がある。それは源清麿と、始まりの一振りたる山姥切国広であった。暫く並んで歩いていたが、その間に会話が生じることはない。むしろ張り詰めた空気すら感じていただろう。さりとてそれも、目の前から主が歩いて来たのを見とめればまろいものへと変じた筈だ。その変化を彼女が感じ取ったかはわからないが、主へ挨拶を交わして先へ行った山姥切国広の背を追うことは無かった。かわりに足を止めて、)おはよう、主。調子はどうかな。無理はしていないかい?(声掛けが案ずるようなものになってしまうのは許していただきたい。何せ復帰して間もなく、一生懸命な主であればこそ。近侍として側に控える役割は、別の刀剣へと譲っている。その理由の一端が、先までの初期刀との話し合いだ。本丸が落ち着き、令和の世での出来事を正確にありのまま伝えた際の彼の表情は忘れないだろう。胸ぐらこそ掴まれなかったが、その憤りは目に見えてわかるものだった。彼の感情は正しい、本丸の総意として甘んじて受け入れている。その話が終われば後腐れなく、これまで通りの付き合いへと戻るのだから支障も来していない筈だ。そう遠くない内に蟠りなど消化されるだろう。浮かぶ微笑も変わらずに穏やかだ。ただ、)……うん、やっぱり君がいてこその本丸だ。(そうしみじみと、改めて実感するように呟いた。己の判断に後悔は無いし、彼女が平和な世で生きるならばきっと心からそれを尊重出来た。けれども、)少し時間はあるかい?茴香の様子を見に行こうと思うのだけど、一緒にどうかな。(他ならぬ彼女が此処を選んでくれたのならば、その世界を優しくあたたかなものにしてゆこう。そう心に誓う一振りは、今日も主の幸いを願い共に在る。)

(本丸へ無事の帰還を果たして、幾日。刀剣男士たちには心配を掛けた事への謝意と、待っていてくれた感謝を伝えて。これまで伏せていた、審神者へと至るまでの成り立ちも全て明かした上で、改めて再始動に向けて皆の助力を乞うた。その際には、迎えに来てくれたかの一振りが傍らに居てくれたなら随分と心強かった筈だ。同情を欲しているわけではないと、付き合いの長い彼らにはよくよく伝わっていたからこそ、何かが変わったりはしない。それが丁度良かった。徐々に審神者としての日常を取り戻しつつある頃合にて、休息日を取ることとして。)……小豆長光。時間は空きそうかしら。(兼ねてより、お菓子作りの教授をお願いしていたわけだが、都合が悪いのならば後日に改めただろう。彼の時間に余裕がある日を頂戴して、励むつもりだが――)はぁ……意外と、難しいのね。なんだか腕が疲れたわ。貴方はすごいのね。(不慣れという原因もあるだろうけれど、存外に神経を使う作業でもあった。貰うばかりだったからこそ、此度改めて彼の手腕や心遣いを感じ入る。それでも指導係が優秀なおかげと、挑戦したものが簡単な類なこともあってなんとか成功と言える出来栄えだろう。カラフルにトッピングされたカップケーキは夕餉終わりに振る舞う予定で、「気味悪がられるかしらね」なんて自嘲も軽口めいたもの。それから軽く息を吐いて、エプロンを外し畳みながら。)……妹にも、持って行こうと思って。甘いものが好きだったから……きっと驚くでしょうね。(相好を和らげ、その面影を描く眼差しは穏やかに。そうして畳み終えたものを腕に掛けて座していた椅子から立つと、)貴方も付き合ってくれるでしょう?長居はしないから。……その後には、そうだわ。花屋さんにも付き合って。(現世へのお誘いは存外に気安く。叶うならばまた彼と妹へと会いに行き――帰りがけには、今度は己から彼へ花束を贈れたならきっと上出来だ。)