主君、お迎えにあがりました。

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(思い出してはいけない、思い出さなければいけない。そんな反する二つの気持ちを抱いて数日、それは突然訪れた。)――……帰らなきゃ。(下校途中、夕日に照らされた道の脇で大きな感動も強い衝撃も何もなくぽろりと口をついて出ると同時に自宅とは異なる大きな和風建築の光景が頭の中で早送りのように再生される。覚えのない人々が大勢暮らしているその景色は何故か懐かしく、また小さく帰らなきゃと言葉が落ちた。そうしてそれを打ち消して脳内に現れるのはあの日逃げ出してしまった彼の顔、確か名前は。)堀川くん。(そんな名前だったはず、不思議と口に馴染むそれを口内で繰り返しながら足は自然と人の少ない公園へと向いていた。気温のせいか時間帯のせいか人の姿は殆ど無く遊具や木々が夕日に照らされて目映い、きっと明日は晴れになる。風が髪を揺らして吹き抜けていく、記憶の蓋に掛かる鍵はもうあと少しの衝撃で壊れてしまうだろうことは不思議と理解が出来た。鍵を外すための最後の一押しを待つように体の前で鞄の持ち手を強く握り締める、約束をしたわけでも連絡先を交換したわけでもない。けれど不思議と彼が目の前に現れてくれるのだと、確信がそこにはあった。)私を迎えに来た堀川くん、私が帰らなきゃいけない場所を教えて。(家でもない、学校でもない。"帰るべき場所"があるという事だけが頭の中に存在していて。一歩足を引いて振り向いた先、彼へと向ける視線は地面ではなく海を映した瞳を見つめているはずで。)

02/17 22:48*8

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(彼女が消える切欠となったのは時間遡行軍による本丸襲撃だった。審神者が決して安全とは言えない任務であることは承知しているが、本丸は大丈夫だと言う気の緩みがあったかもしれない。整備された本丸が一転戦場と化し、危険に晒すことになっとしまった。この平和な世で過ごす方が審神者にとって幸せなのかもと頭を過ぎることもあった。けれど、やはり自分たちには彼女が必要だから――あの日からずっと機会を窺っていた。幸いにも隠蔽は得意だし、彼女に見つからないようにしながら護衛も兼ねつつ、また対峙出来るその瞬間を待ち侘びていたから。)…こんにちは。(彼女が“堀川くん”と呟いた微かな響きを捉えると、どくんと大きな音を立てて心臓が脈を打った。今こそその時なのかもしれないという直感は間違いではないようで、彼女の後を追いつつ訪れた黄昏時の公園で彼女の後ろに立った。そしめ暮れ行く空でもお互いの顔がはっきり見える距離で向かい合えば、晴れ渡る空のような瞳に応えようか。)審神者此花の本丸へ…あなたの刀剣男士たちが待つ場所へ戻ってきて欲しくて、お迎えに来ました。主さん、あなたはこの平和な世で普通の人として生きる権利もあります。…けど、僕は…僕たちは、あなたが必要なんです。帰りましょう、主さん。僕たちの本丸へ。(彼女の記憶を閉じ込める蓋が開かれるまでもう少しのところに来ていることは、こうして瞳が逸らされないことから窺えた。切実さを帯びた声音で言葉を重ねつつ、一歩また一歩と距離を詰めていって。)

02/18 23:53*20

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(ただ帰らなくては、そんな焦燥感ばかりが先立つ中目の前へと現れた彼の言葉に静かに耳を傾けた。そういった職業がある事は知っている、知っているが自分がそうであると告げられることにはやはり少しばかりの違和感があって。けれど彼の言葉にも凪いだ海に似た瞳にも嘘の断片は見つけられず、彼の言葉が真実なのだと理解する。ただ、そこに自らの記憶が追い付いていないだけ。吹き抜ける風が揺らす髪の毛を手で押さえるも幾らかはそこから抜けて暴れるように跳ねていく、思わず目を閉じて。)……、(必要だと、そう口にする彼との距離が少しずつ縮まっていくのを足音で感じる。いつかのように逃げ出す事が無いのは押し留めている鍵が外れかかっている為か、鍵の緩んだその隙間から少しずつあたたかな記憶が溢れ出してくる頃には風が止み、下ろしていた瞼を持ち上げて再び彼を見た。)……また本丸で、お夜食に付き合ってくれる?(囁くような問い掛けは果たして彼に届いただろうか、受験という壁は18歳の小娘が一人で乗り越えるには些か高く彼が自分を必要だと告げてくれたように彼らの存在もまた心の支えのひとつであって。ぱちん、と頭の中で小さな音が響いたような気がした。夕日の橙を受けてなお静かに揺らめく海を前に片手を差し伸べ、)私、平和は好きだけど皆の事はもっと好きだよ。――帰る前にちょっとだけ、一緒に散歩したいな。(審神者になる前の姿しか知らないものが見れば目を丸くするだろう。顔を上げる事も、前を向く事も、想いを口にする事も全て彼らが教えてくれた。故に彼が手を取ってくれたのなら戦線へ戻る前のおねだりをひとつ。)

02/20 16:12*31

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(彼女の反応を待つ時間は数分、数十秒、もしくは数秒だったかもしれない。一瞬のようにも長くも感じられる時間に、この世界に彼女と自分だけのような感覚。いやに風の音が耳に障る。――閉じられた瞳が再び開かれるのと同時に空気が変わった。)あ…るじ、さん……。(それが例え風の音に同化してしまうようなささめきであっとしても、彼女に対して開かれている耳はその声を自分が聞き逃す訳がない。投げ掛けられた言葉に幾分か動揺が走り、ただでさえ大きい瞳を限界まで見開いた。上手く返事をすることが出来ず、やっとの思いで絞り出したのは喘ぐかのようなか細い声。彼女を真っ直ぐに見据えたまま、ぱくぱくと音を出さず口を開閉させて。そして一度俯き、次に顔を上げる時は目頭に込み上げてくる熱いものと、胸がいっぱいに満たされる感覚に抑えきれない喜びを携えた満面の笑みが湛えられているはず。)勿論ですよ!僕、主さんの好きなものなんでもつくりますから、遠慮せずなんでも言ってくださいね!(安堵を勝る喜びに声を弾ませながらも、これまでの本丸での日常を思い出させるようなやり取りに一粒雫が頬を伝った。それを雑に拭えば差し出された彼女の手を迷うことなく握り締めて、)主さん、主さん。…ありがとうございます、僕たちを思い出してくれて。ごめんなさい、平和に生きる権利を奪ってしまって。(彼女を離さないと言わんばかりに握り締める手の力を強くすれば、懺悔に似た呟きを落とした。記憶を忘れて普通の学生として生きていれば危険に晒されることはないだろうに、それでも彼女に戻ってきて欲しいと願ったことは嘘偽りなく後悔はしていない。だから後ろ向きはもう終わりと言わんばかりに、瞳を細め悪戯めいた笑みを浮かべて隣にいる彼女を覗き込むんだ。)なんかこれって、清光さんが言ってたデートみたいですね。今は主さんを僕が独り占めだ。…皆が嫉妬しそう!

02/22 09:54*45

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(例えば何も思い出すことが無かったのなら、此花という審神者は歴史を守る争いに関わる事無く平和で平凡で有り触れた生活をこれからも送っていた事だろう。何か違和感を持ちながらも大学受験を終えて、その結果に一喜一憂して。まだ大人の庇護下にある印である制服を身に付けた18の小娘はそれでもその平坦で穏やかな日常ではなく戦地に立つ刀剣男士の将であることを選んだ、それは目の前で笑みを浮かべる彼を見たかったからでもあるし、本丸で待つ仲間たちを心配させたくないから、そして自分が寂しくないように、だ。弾む声につられたように頬を緩めて首を縦に振る、伝う涙を拭うためのハンカチは生憎彼が拭う手の方が早かったようだけれど。)鍋焼きのおうどんがいいな、卵が入ってるやつ。あったかくて美味しいから好き。(好きなものを好きだと口にする事の大切さは本丸で知った事のひとつ、強く握られる手を無意識にあやすような素振りで緩やかに上下に揺らしているうち耳に届く呟きに思わず目を丸くした。)ううん、平和に生きる事は確かに私の権利のひとつだけれど、それを選ぶかどうかも私の権利だよ。だから私は、自覚があるかないかは別として自分の意思で皆の事を思い出すことを選んだんだと思う。皆の事が大事だから。(ね、と顔を覗き込む彼へと笑い返す。手を握ったまま歩き出すのは家路へと続く夕焼けの道だ、思い出してしまった以上親に本丸へ戻る事を告げなければならないだろう。それまでの短い散歩を彼と楽しむべく、)あはは、じゃあ内緒にしとかなくちゃ。兼さんにも堀川くんと一緒に散歩した事ずるいぞって言われちゃうかも。(ころころと声を上げて笑う楽しさも本丸で知った事、まだこれから知る事はたくさんあるのだろう。それも彼と、本丸の仲間が居ればこそ。襲撃の傷は未だ残っているだろう、それでも前を向いて生きていく。その為の大切な事は、本丸の皆が教えてくれたのだから。)

02/24 20:12*63

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(頑張り屋の彼女が好きだ――ただでさえ審神者としての務めは年若い彼女にとっては負担が大きいだろうに、勉学と両立をするその姿をずっと見てきた。感心と心配と、その他諸々の感情の由縁は親心めいたものから始まったけれど、気が付いたときにはそれだけではなくなっていた。徐々に感情を表に出す事を覚え、変わっていく姿を傍で見続けていたことも理由のひとつかもしれない。いつでも彼女を支えたいという想いは奉仕精神だけに基づいたものではなかった。生憎勉学を教えるということは出来ないけれど、代わりに自分が出来る事で彼女のためになりたいと密かに日々粉塵していた。その最たるものが夜食の差し入れで、料理が得意な他の刀にも譲ることがなかった。)卵入りの鍋焼きうどんですね!……ついでにお餅もいれちゃいましょうか。なんて、夜食じゃなくなっちゃいますね。(夜食の域を出る追加の具材は少々きついかもしれないと思い至ると肩を竦めて苦笑い。他愛ない会話を交わす幸せを噛み締めつつ、あやすように揺らされる繋いだ手を享受しながら、もぞもぞと位置を変えようと動いて―もし彼女が拒まなければ、彼女の指のまたに自らの指を差し込み、より強固に繋がろうとするのだろう。)…主さんが僕の主さんで良かった。主さん、主さん。あなたが大切です。(こちらを覗き込む笑顔を前にすると、言いたいことは沢山あるのに関わらず一杯になった胸は言葉を生み出せず、ただ出来る事と言えば繋いだ手に力をいれることだけだった。)反対ですよ、抜け駆け!って皆に僕がずるいって怒られちゃうかも。でもこれは主さんをお迎えにきた僕だけの特権ですからね。(黄昏時の薄暗い中でもよく見える彼女の顔を見つめ返すと、神妙な顔をした後にすぐに蕩けさせるのだろう。戦禍の被った本丸に戻ることは平穏な日々が送れるとはいないけれど、彼女と共に生きれるのであればそれは何にも代えがたい僥倖だった。)

02/27 23:16*74